ヘリに乗ってから、どれほどの時間が経過したのかは分からなかった。

唯、気が付いた時、幅の狭い窓越しに見える視界には星一つ無い暗い夜空と、その下には闇色に染まった街が広がっていた。

その光景は絶対不可侵区域内とは違い、崩壊した建物は無い。高層建築物の多くが月光を受けて青い色彩を放ち、壁面に敷き詰められた窓にヘリの姿を映し出す。

整然とした雰囲気を漂わせている眼下の街並みは、廃墟のように風化している訳でもなく、人の気配だけが消えている。まるで時が止まってしまったかのような、不思議な景色だった。


(此処は……)


遙は意識がはっきりしないまま、窓に指先を触れて、そっと身を揺らす。窓に触れる指腹から、次第に外気の冷たさが伝わってきた。

自分が眠っていた間に、一体何処へ来てしまったのだろう。街並みに人影や電気が無いのを見る限り、まだ絶対不可侵区域内にいるのかもしれないが、自分達の居場所は検討も付かない。


――その時、窓にふと、白い影が投影され、遙ははっとして振り返った。


「朝が早かったせいかしら? また眠っていたみたいね、遙」


「……お母さん」


微笑を浮かべた白衣姿の母の姿を視認し、遙は目を瞬いた。

今までの状況からして、母との邂逅は夢だったのではないかと不安も渦巻いていたが、肌を伝う空気の流れや、目に見える鮮明な光景はやはり現実だ。

瑠美奈の浮かべた笑みに、微かな安堵を覚えた遙は、再び外に視線を戻して問い掛ける。


「此処は、絶対不可侵区域なの? 唯、街の明りが消えただけのような……」


遙の素朴な問い掛けを受けて、瑠美奈は一息置いて口を開く。


「『半分』絶対不可侵区域、といったところかしら」


「半分?」


再び疑問を投げかけた遙の視線を追って、瑠美奈も窓の外へと顔を向けた。

そこは闇に包まれた無人の街並みだけが、静謐に佇んでいる。二人で何度見回しても、やはり明りや人影は無い。

遙は諦めたように母の顔を見上げると、瑠美奈は街に視線を向けたまま口を開いた。


「絶対不可侵区域も含め、その周囲数百キロも人の立ち入りが禁止されている場所がある。今いる此処が、その区域よ」









着陸したヘリから覚束無い足取りで降りた遙は、格納庫内を見渡して、小さな溜息を漏らした。

四方が厚いコンクリートで覆われた格納庫内は、嫌に足音が強く響く。遙が足を踏み出す度に何度も足音が反響して戻ってきた。


「しっかし、すげぇ造りしてんだなぁ。ビルの天井が開くなんて何処かの映画でしか見たことねぇぞ?」


遙に続いてヘリから威勢良く飛び出してきたガークが、感嘆の声を上げて頭上を指差した。

彼の言葉を聞いて、天井の四隅に設置されていた監視カメラを見詰めていた遙は、ゆっくりと振り返る。


背後には今まで乗っていた大型ヘリが堂々と着陸している。そして、そのヘリと自分達を収容しているこの格納庫は、彼の言うとおり、中層ビルの上階に当たる場所だった。

普段はこのビルも、あの街並みの小さな一部に過ぎない形で立っているのだろう。GPCを欺く程に隠蔽されている機関なのだから、当然の仕様なのかもしれないが。

国家機関レベルの技術力に、遙はもちろん、他の二人も驚嘆せざるを得なかった。同時に、それ程の組織が自分達の保護をしてくれるのだと言うから、期待も更に膨らんでいく。


周囲の探索に気を取られていた遙達を横目に、瑠美奈は格納庫の奥に向けて足を運んだ。


「浮かれてる所ちょっと悪いけど、まだ先は長いのよ」


思いもよらなかった母の言葉に、遙は驚いて問い返した。


「この先に施設があるんじゃないの?」


「此処はまだ施設の玄関口でも無いわ。これから地下に向かって降りていくことになるの」


瑠美奈は遙達の驚いた顔を見て苦笑しつつ、格納庫内の正面の壁に設けられた扉の前に立つ。

ノブも引き手も無い、白い平面な扉。彼女はその横にあるカードリーダーにIDカードを通し、生体認証装置に人差し指の指腹を押し付けた。

程無くして、小さな機械音が響き、扉が音もなく右へスライドする。扉が開いた先に広がった暗い空間には、足元に僅かに非常灯が灯っただけの、真っ直ぐな通路が続いていた。


「色々と入り組んだ道だから、はぐれないようにね。妙な所に足を踏み入れると、警報がうるさいわよ?」


「うわ、やっぱりそうなるのね。いきなり大きな音を出されると心臓に悪いから、壁に手を触れるのも躊躇うわ……」


瑠美奈の言葉を聞いて、フェリスは頭を抱えてぼやいた。彼女の隣に立っていたコバルトは、意気揚々としたガークを睨み付ける。


「いいか、ガーク。お前は特に勝手な行動をしがちなヤツだから、ちゃんと言うことを――」


「うるせぇッ! てめぇみたいに女のケツを追い回すことしか脳の無いヤツに言われる筋合いはねぇ!!」


ガークは一転して額に青筋を浮かべながらコバルトに返した。









格納庫から通路内に足を踏み入れると、そこはまるで広いトンネルを思わせる造りをしていた。

足元を照らす蛍光色の非常灯が、壁に走る複数のパイプを薄らと浮かび上がらせる。そして天井にはやはり監視カメラの目が光っていた。

通路全体の暗闇といい、複数の分岐地点といい、暗視の利く獣人でさえすぐにでも迷ってしまいそうな程に複雑な造型を成している。


それにも関わらず、先導する瑠美奈は迷う素振りも無く進んでいく。彼女が言ったように、幾つもの分岐によって道が入り組んでいるというのに。

壁には道を示すペイントが施されている訳でもなく、瑠美奈自身が地図のようなものを手にしている様子も無い。そのことに遙は思わず息を呑んだ。


通路に入ってから、どれほど歩いたのかは定かではなかったが、やがて、一つの行き止まり……いや、この通路に入る前にあったような、一枚の扉が浮かび上がった。

扉の右手側にはカードリーダーらしき装置が設けてあったが、先程とは違い、二枚戸の扉になっている。その構造を見るに、片開きにスライドする扉であることが見て取れた。


「これは……」


遙は扉を確かめるように見上げて、目を瞬いた。


「EVの支部は、この地区の地下を介して幾つかに分かれているの。だから最初に言ったとおり、一旦地下に降りないと、施設に入ることは出来ない」


「それなら、これはエレベーターということですか?」


フェリスが物珍しそうに扉を見詰めながら、瑠美奈に問いかけた。


「そういうこと。何もそんなに畏まらなくても良いのよ? 緊張していたら、着いた時にはすっかり疲れてしまうことになるから」


瑠美奈にそう言われると、フェリスは肩の力を抜いたように苦笑を漏らした。






----------------------------






広さ二十畳程の、白い塗装の施された室内。その部屋の正面には幾つものモニター画面が設置してあり、その画面を見上げる形で長い机が設けられている。

そして机の前に並べてある椅子には、老齢であろう人物が一人、無言で座り込んでいる。中央の席に腰を下ろしているその人物の隣には若い女性が佇んでいた。

やがて、二人が見上げるモニターの内の一つの画面上に、一人の少女の姿が映し出される。少女は制服姿であり、短く切り揃えた黒髪を押さえるように、黄色のリボンが巻いていた。


「到着したようです」


モニターに映った少女の姿を確認し、傍に立つ女性が口を開いた。

広い室内に、端整な女声が反響して響き渡る。……画面に映る少女は、遙その人。そして、椅子に座る男はその小柄な容姿をモニター越しに凝視する。


「GPCが血眼で追っているキメラ獣人……どんな者が来るかと思えば」


その男は顎に指を押し付けながら、皺の寄った目元を静かに細める。その瞬間、モニターに映る遙がカメラに向けて顔を上げ、音も無く男と視線が交差した。







----------------------------






列車の走る地鳴りのような音が耳を掠める中、遙は背を鉄製の壁に押し付け、相変わらず頭上に設置されている監視カメラを見上げていた。

誰が見ているのかは定かではないが、やはり少々気になる。もちろん、相手も警備のためであって、悪気は無いのだろうが。


あの後、エレベーターを降り、次は地下列車に乗って目的地へと向かう……ヘリに乗っていた時間も加えると、かなりの時間が経過しているのではないかと思う。

地下にいる自覚こそ少ないが、これほど複雑な道のりを経て辿り着くということは、これから長い時間を日の光さえ当たらないような所で過ごさなくてはならないのだろう。

それでも、自分はこれ以外の道を選ぶことが出来なかった。唯一、心配なのは自分の判断によって一緒に連れて来られたガーク達の方である。

本当にこれで良かったのか。あの時、母に与えられた選択肢を元に、彼らが自分から選んだというのだろうが、不安は拭えずにいた。


(……私の研究で皆が救われれば……)


「何だ? えらく疲れた顔してんな」


ふと顔を上げると、膝に肘を立てて頬杖を突いたガークがこちらを見ている。自分と対面して座る彼とフェリスは、遙を心配した様子で見詰めていた。


「ま、これだけ移動に時間費やしてんだ。確かに疲れるモンもあるだろうけどよ、さっきも瑠美奈がフェリスに言ってただろ? 気が張ったまんまじゃ、体が持たねぇぞ」


「うん、ごめんね。まだこれからなのに。どうしても頭の中がすっきりしなくて……」


遙は苦笑して、思わず自分の額を小突いた。自分の判断一つで、ガーク達の行動を左右してしまったのだから、どうしても落ち着かない。



「――やっぱり遙は顔に出るね。そうやってすぐに物思いに耽っちゃうから」


「え?」


唐突なフェリスの言葉に、遙は顔を上げた。

フェリスは座った体勢のまま、腕をぐっと上げて伸びをすると、片目を開けて遙を見る。


「遙のことだから、また私達のことで悩んでるんでしょ? 本当に責任感が強いんだから」


「そ、それは……」


遙が口籠ると、ガークはどっと溜息を吐いた。


「お前な、余計な心配して自分を責めるんじゃないぞ。例え今からの進む道の先で、俺達がどんな結果になってもだ。俺達は自分の進む道を、自分で決めてるんだ。
何たって、お前が決めて此処に来た訳じゃないんだからな」


柄にもなく俯いてガークはそう言った。


「お前ってヤツはとんでもなくお節介だぜ。逆に俺らが足枷になっちまってるんじゃないかって、思っちまう。
……たまには、俺らにもお前を支えさせて欲しいんだ。一人で悩んでるヤツに対して、何もしてやれないのが、俺には一番辛いんだよ」


「ガークも吃驚する程お節介だけどね。遙が私達のことで悩むのなら、私達の立つ瀬が無いわよ。どんな時でも、私達は仲間なんだから」


フェリスはガークの頭に手を置くと、遙に向けて陽気な笑みを浮かべた。

その時、車両の隅に立っていたレオフォンも口元を緩ませて、遙の元へと歩み寄る。


「そうだ、遙。お前一人で悩みを抱えているのを見るのは、私も辛いものだ。確かに状況が状況だから、気落ちするのも分かる。
そんな時に、私達がお前の支えになれるのであれば、喜んで力になろう。それが仲間というものだ」


「有難う御座う、みんな……」


仲間がいるからこそ、自分が此処にいることの出来る嬉しさ。遙は心から礼を述べると、皆を安堵させるように微笑んだ。

遙が微かに潤んだ目元を指で拭った時、車両同士を繋ぐ戸が開いたと思うと、瑠美奈がひょっこり顔を出した。


「遙、ちょっとこっちへ来てくれる? 話しておきたいことがあるの」


ふと、列車の奥からした母の声に、遙は顔を上げた。


「話?」


瑠美奈は軽く手招きしつつ遙を呼ぶと、ガーク達に断りを入れるように右手を立てて苦笑した。

そのまま遙が前の車両に連れられて行くのを見詰めていたガークは、思わず眉を寄せる。


「何だよ、早速俺らは関係ねぇってか? やっぱり気に入らね……え゛ッ」


急にフェリスに耳を引っ張られて、ガークは声を詰まらせた。


「流石にしつこいわよ、ガーク」


フェリスの言葉を聞いたガークは不服そうに唸り、大儀そうに彼女の手を払い除けた。




「何かあったの?」


不安げに車両内を見回しつつ、遙は母に問いかけた。

一方で瑠美奈は遙に席に座るように勧め、自らも車両の左右に張り出した椅子に座りこむ。――暫くの沈黙の後、瑠美奈はそっと口を開いた。


「支部に着く前に、幾つかあなたに話しておきたいことがあるの」


「話しておきたいこと?」


遙の言葉に、瑠美奈は真剣な表情で頷いた。


「ええ。簡潔に言えば、これからの生活のこと……獣人から元の人間に戻るための研究ね。その臨床試験にあなたは協力していくことになる」


「それは分かってるよ。あのPDAに書いてあったことを見る限り、私たち獣人はウイルスを元に作り上げられているんでしょ?
それを治すためだから、その、薬とかの投与を受けることになるんじゃ……」


「遙も分かってるみたいね」


瑠美奈は苦笑した。


「だけど、私があなたに伝えておきたいのは治療法についてじゃなくて、その副作用のことね。
獣人を人間に戻すための治療薬において、一般に行われている臨床試験と同じ目線で考えることは出来ない」


眼に力を込めて言い放った母を見て、遙は姿勢を固くした。


「……言い辛いけれど、獣人は生物学的に考えれば人間ではないわ。それを口実に、どんな扱いをされるか分からない。
当然ながら、今は例え実験動物であっても、扱うためには幾つもの厳格な規律がある。もちろん一概にそういうことがあるとは言い切れないけれど、私にも確信は持てないわ」


「そ、それじゃあ、私たちはGPCにいた頃と同じような酷い扱いを受けるってこと? そんな……」


遙は唇を震わせて口籠った。

ほんの微かに残った記憶の中、GPC内で自分がどんな扱いをされたのかは分かる。断片程度ですら心に大きな傷を残しているというのに、記憶の全貌など想像さえしたくない。

そして、それが再び再現されるなど、身も凍るようなことだった。……遙が絶句して俯いたその時、瑠美奈は椅子からそっと立ち上がる。


「大丈夫」


瑠美奈は遙の頭に優しく手を置くと、静かに顔を近付けた。



「――もうあなた達を、そんな目に遭わせたりしない」



静かだが、はっきりとした口調で母は呟いた。まるで自分自身に言い聞かせるかのようにも聞こえる言葉が、遙の耳に何度も反響する。

自分達獣人が、どんな扱いを受けたか。それは非道な実験の被験者となった者達にしか分からない筈。

だが、母は紛れもない人間だというのに、かつて自分が同じような扱いを受けたかのように重い口調で言い放った。嘘や冗談とは程遠い、真摯な声で。


「お母さん……」


「治療薬の臨床だって、決して楽なものじゃない。重篤な病を治療するのと同じ……それでいてまだ治療法さえ判然としないような状態だから。
長期の治療を続けていく中で、遙自身が辛いと感じることもきっとあると思う。だけど……」


瑠美奈は一旦言葉を切ったと思うと、大きく息を吸い込む。


「苦しければ振り返っても構わない。無理に自分一人で全てを背負い込まずに、時には皆を頼っても良い。
私はもちろん、ガーク達もきっとそれを望んでいる筈よ。あなたが一人で苦しんでいるのを見るのが、私達にとって何よりも辛いから……」


「……有難う、お母さん。でも、きっと大丈夫。自分で出来る精一杯のことをして、それでどうしてもやり遂げられないことがあったら、皆と一緒に進んでみせるから。それに――」


遙は母から視線を話すと、照れ臭そうに人差し指で右頬掻いた。


「私が無理しようとすると、決まってガークが引き止めるのよ? 仲間だからキツイ時は何でも言えって……オオカミだからかな。仲間思いって言うか」


「どうかしら? 獣人が動物の遺伝子の影響を全く受けない訳じゃないけど、もしかしたら、彼には別の気持ちがあるのかもしれないわね」


瑠美奈が微笑みながら答えると、遙も頬を緩ませて笑った。


「だけど、今言ったことは忘れないで。私からのお願い。約束してくれる?」


「うん、大丈夫」


瑠美奈の問い掛けに、遙ははっきりした声音で答え、力強く頷いた。


「必ず守ってみせるから」







「へっくしッ! うー……何だか空気が合わねぇなぁ。俺はやっぱり日が当たる場所の方が肌にしっくりくる」


列車内に大きなクシャミが響いたかと思うと、当のガークは落ち着かない様子で、背を車両の壁に押し付けた。


「今更そんなこと言っても始まらないじゃないの。ガークが愚痴を漏らすから空気が悪くなるんでしょう?」


「うるせー。大体お前みたいに――」


またいつものように口論が始まろうとしたその時、急に車体がつんのめるように止まる。慣性に流されるままだった二人は慌てて踏ん張った。

彼らの横に立っていたレオフォンは天井際に設置してあるデジタル時計に目をやると、驚いて辺りを見る二人を一瞥した。


「どうやら到着したようだ。恐らく、もう降りても構わないだろう」


「本当か? 今の衝撃で妙な体勢になっちまったからか、腰が痛ぇ……畜生」


ガークは腰を摩りながら立ち上がった途端、車両の戸をスライドさせて、奥からコバルトが姿を現した。


「ジャストタイム。予定通りの到着だぜお三方。オレの操縦のお陰で、中々快適な旅だっただろう?」


「ええ、もっと下手な運転だった方が、よっぽど退屈しなかったわよコバルト」


やおら立ち上がったフェリスに皮肉で返されたコバルトは、思わず苦笑した。


「手厳しいね。まぁ降りて辺りを散歩していると良い、体が強張ってるだろうからな」


親指で出入り口を指差すコバルトに向けて、ガークは舌打ちすると、大儀そうに立ち上がった。


「ったく、澄ました顔で言いやがって、あの野郎。疲れてなけりゃ、一、二発打ちかましてる所だ。……一体どんな所なんだか」


自動で開いたドアから足を踏み出し、ガークは硬いコンクリート製の床に降りた。

外に出た瞬間、肺に冷たい空気が流れ込む……想像した以上に空気が凛としていた。やや肌寒さを感じる程に。


天井までは二十メートル程はあるだろうか。まだ先がある事を示唆しているように、列車のレール自体も右手の方の暗闇に続いていっている。

予想をしていたよりも、遥かに広大な地下空間だ。研究所というよりは、まさに要塞というべきか。

壁は殺風景な白地を基調とした造形で、所々を大小様々なパイプが這うように走っているが、研究所らしいといえばそれぐらいかもしれない。

まだ施設内の外部に当たるであろう、この場所にも、足元には塵の一つも見受けられなかった。


そして、何よりも眼を引くのは、一直線に広がった道の先……大がかりな搬入口のような、厳重な扉が設置されていた。

高さだけでも数メートルはあるだろう、幾つもの鉄筋が組まれて造られたようなそれは、異様な程重苦しい雰囲気を醸し出している。


「ガーク!」


ガークが巨大な扉を見上げる中、瑠美奈と共に遙が遅れて列車から降りてきた。


「! お前、瑠美奈のヤツと何話してたんだ?」


「心配しないで、さっきガーク達と話したことと変わらないよ」


遙は悪戯っぽく笑って、すぐにそう答えた。それを聞いたガークは頭の後ろに両腕を組んで「そうか」と小さく返す。

瑠美奈との邂逅で、少しでも元気になってくれれば、それに越したことはない。ガークは程無くして遙に笑いかけた。


「しっかし、これがまさか……」


「お察しのとおり、この先がEVの研究施設さ」


レオフォンの巨躯に続いて、最後に列車を降りたコバルトが、ガーク達の傍へ歩み寄りながら言った。


「此処に来るまで特に障害も無かったように感じたかもしれないが、幾つものセキュリティが設置してあった。
そして此処も例外じゃない。GPCの奴らにも引けを取らない技術力だよ」


「確かにこの厚さじゃ、私でも壊せるってレベルじゃないわね」


フェリスが手で扉を小突きながらぼやいた。もしかしたら、爆薬でも破壊しかねるかもしれない程の装甲だろう。

遙もフェリスに続いて扉の表面に手を触れてみたが、力いっぱい押しても全く動く気配がしない。


「流石に遙も無理よ。ここはもちろん、今まで潜ってきた扉だって、獣人が破壊できる強度ではないわ。そのためのセキュリティなんだから」


瑠美奈がIDカードを取り出しながら苦笑する。顔を真っ赤にして扉を押していた遙は、慌てて姿勢を直すと、照れ隠しに頬を掻いた。


「でも、それだけの技術があるなら、きっと私達が元に戻ることも……」


この扉の先……胸に広がる希望に、遙は目を輝かせた。






Back Novel top Next