窓から朝日の差し込む食堂内。

ガークは窓の外に広がった入道雲をぼんやりと見詰めながら、小さく溜息を漏らした。

木製テーブルの反対側に座るフェリスは、無言のままコーヒーカップに砂糖を流し込んでいる。


今この場にいるのは、ガークとフェリスの二人だけであった。

レオフォンと遙の姿は無い。……ガークは本来、遙が座るべき場所である、右手側の椅子に目を向けた。


「ついに朝メシまでほっぽり出しやがった……」


遙を街に連れて行った日から数日が経過し、ガークは早くも遙を誘ってしまったことに後悔してしまっていた。

何しろ、遙はすっかり『外』に出る楽しみを覚えてしまったのである。拠点を早朝からさっさと抜け出しては、廃墟の街並みを悠々と歩き回っている始末だ。

自分達に一言告げて行くならまだしも、どうせ連れ戻されることが分かっているのか、彼女は無断で出て行くことが多かった。

此処最近は刺客の気配も無いせいか、遙はどうも平和ボケしているらしい……ガークは頭を抱える。


「いや、まさかこんなにも遙が活発なヤツとは……」


ガークはフォークを咥えたまま呟いた。


「元気無いよりもずっと良いけれど。あんまり勝手に行動されちゃうと、後々大変なことになるかもしれないねぇ」


フェリスはパンにバターを塗りながらぼんやりと返した。

今はレオフォンが遙を迎えに行っているが、今日も日が昇り切らない前に遙は拠点を出て行ってしまっている有様である。

……今この場にレオフォンと遙がいないのはそんな理由だった。


ガークは水を一気に飲み干すと、ガタッと椅子を鳴らして立ち上がる。


「もう我慢ならねぇ! 俺も行って来るッ、そして遙のヤツを殴る!」


「最後は余計でしょ!」


フェリスの鉄拳を顔面に喰らい、ガークはもんどりうって倒れた。ガークは顔面と後頭部の双方に大ダメージを受け、声にならない呻き声を発する。

椅子を下敷きに倒れたガークを見下ろしながら、フェリスは溜息を漏らした。


「全く、簡単に暴力振るっちゃ駄目よ。しかも女の子相手に。……それに、遙が一、二発殴った所で止めるとも思えないわ」


「ぐぬぅぅぅ……じゃあどうしろっていうんだよ! 一日中監禁しとけってか!?」


ガークの自棄になったような言葉を聞き、フェリスは困惑したように頬を指先で掻いた。


「それは幾らなんでも……そうね、ちゃんと時間を決めてあげたら良いかもね。そしてガークも見ていてあげるってのはどうかな?」


「俺の朝の快眠な時間が削られるっていうのか……ッ」


ガークは悔しげに床に一撃を浴びせた。

フェリスは再び席に戻り、コーヒーを口に運びながら、思惟に耽るように目を細める。


「とにかく、レオさんと一緒に、遙が戻ってくるのを待ちましょう」








それから程なくして、遙はレオフォンと共に拠点へと戻ってきた。

何やら崩壊寸前の建物に進入し、瓦礫の下敷きになりかねない目に遭ってレオフォンにこっ酷く叱られたようだが、遙は至って平気そうだった。

元々アウトドアな生活をしたことが無かったと言った遙だったが、その好奇心の強さは目に余るものがある。


食堂に連れ戻されてきた遙は、気まずそうに小さく椅子に座る。……そして額に青筋を浮かべたガークを上目遣いで見詰めた。


「え、ええと……ガーク?」


「いいか遙! お前はこれから一人で外出することは禁止だ! 分かったな!?」


ガークは大きく息を吸い込んだと思うと、遙に向けて一気に言い放った。フェリスが耳を塞ぐ勢いの怒声に、遙も驚いて腰を浮かす。

そんなガークの怒りを目の当たりにして、遙はそれこそ申し訳無さそうな顔をしながら、小さく肩を縮めた。


「ご、ごめん。皆がそこまで思ってくれているなんて、知らなかったから……」


「ちゃんと覚えとけよ。これは約束だからな。何処かへ行く時は俺に言え。付いて行ってやるから」


ガークはまだ不機嫌そうだったが、やがて溜息を吐きつつ縮こまった遙の頭をわしわしと撫でてやった。

遙は軽い安堵感からか、口元を緩めると、不安定だった姿勢をそっと直す。


「うん、ちゃんと約束するよ。また皆に迷惑をかけるのは嫌だしね」


遙は心底反省したような面持ちで、ぺこりと頭を下げる。それを見たガーク達は、取り合えず一安心した。

しっかり言い付ければちゃんと聞くらしい……根っこから素直な性格をしているのだから、初めからこうしておけば良かったのだ。

今まであれやこれやと対策に悩んでいたガークは、自分の考えが徒労に終わったことにげんなりとする。


「それにしても、お前は何をしに行っているんだ? 泥棒やってんのか?」


ガークに差し出されたコーヒーを受け取りながら、遙は頬を真っ赤にした。


「ちっ、違うよ!! そんなことしないもの! 唯、ちょっと気分転換に写真を……」


遙はいそいそとスカートのポケットから、鈍い光沢を放つカメラを取り出してみせた。

それを目の当たりにしたガーク達が関心を示す中、遙が手にしたカメラのレンズ部分がきらきらと煌く。その光沢を見る限り、まだ使い込まれていない真新しいもののようだ。


「携帯電話は基地局が崩壊していたお陰で上手く使えなかったけど、これなら何処でも使えるから。故郷に戻れた時のお土産代わりになるかなーって」


「へぇ、ハイテクなカメラ持っているんだな。この金持ちお嬢様め」


とか言いつつ、ガークは遙の手から素早くカメラを奪い取った。

そのガークの乱暴な行動に、遙は慌てて椅子から立ち上がる。


「だ、駄目だよっ、ガークは壊しそうだから……ッ」


「何だ何だ、何を撮った? あれか、シンレイ写真とか言う奴が撮れたのか?」


「いやー! 幽霊怖い!!」


ガークがニヤニヤしながらフェリスに言うと、彼女は素晴らしい速さで棚の隙間に潜り込んだ。

ガークは震えるフェリスに向けて馬鹿にしたように舌を出すと、再びカメラを弄り始める。

遙は必死に背伸びをして取り返そうとしていたが、ガークが今は返してくれないことを悟り、諦めがちに溜息を漏らして静かに椅子に座り込んだ。


「何だ、唯の風景か。……これって『でじたるかめら』とかいう奴だろ? ハイテク機器だよなぁ」


「? そうかな。でも技術ならロムルスの方が上なんじゃないの?」


「ロムルスっつっても広いだろ? 俺はそんなに技術が発展した地域じゃなかったから、こんなの見るのも初めてだぜ」


ガークはカメラのレンズなどをまじまじと見回しながら言った。好奇心旺盛な所は遙とレベルが同じである。

彼は興味津々でカメラ本体のボタンを片っ端から押しつつ、やがて何かを見付けたように眉を上げた。


「……お、何だ。風景以外のも撮ってるじゃねぇか。これは母親か」


「あ、それ前のデータ! 見ないでよッ、恥ずかしいから……」


遙が再び立ち上がってガークに迫るが、ガークが腕を挙げてしまうと流石に手が届かない。

遙は頬を膨らましてガークを睨んだが、本人は知らん振りである。


「にしても、良く似てるモンだなー。お前の親父は見たことが無いからアレだけどよ。お前が眼鏡かけたら母親と判別出来なくなりそうだ」


「そんなに? あまり気にしてなかったけど、似てるのかな?」


「自分の顔を鏡で見たことあるのかよ……どう見ても瓜二つだろ。なぁ、レオのおっさんもそう思うだろ?」


ガークは隣に立っていたレオフォンに、カメラの画像を見せる。

レオフォンは物珍しそうに顎を掻きながら覗き込むと、口角を上げて言った。


「そうだな。親子だから似ていてもおかしくはないだろう。……相変わらず良く似ているな」


「え? 相変わらず?」


遙は目を瞬いた。遙の言葉に気付いたレオフォンは軽く咳払いする。


「む……いかんな、そろそろボケが始まったかもしれん。はは」


「レオのおっさんがボケるのは想像したくないな」


ガークの苦い一言に、遙もレオフォンも笑った。








それからというもの、遙はガークと一緒に街を探検紛いにうろつくことが多くなった。

行く先は街だけではなく、まだ僅かに残る小山や川などにも遊びに行くこともあり、遙にとっては随分と新鮮な体験となった。


遙は自分の知らなかったことを次々にガークに教えてもらい、一日中外に出ていることも珍しくなくなった。

そのせいで、拠点にいる時間は以前よりもずっと少なくなっていく。お陰でフェリスが若干不服そうに唸っていたものの、ガークが脅せばすぐに黙り込んでいた。


そんな束の間の楽しみには、戦いから外れた、一人の高校生としての遙が浮き彫りになっていた。


このまま楽しい時が続けば、と、遙は心の隅でそう思い続けていた。

早く故郷に戻りたいと思う気持ちと、此処に残りたいという気持ちの双方が火花を散らし、『戦う』ことは心の中で色褪せていく……


だが、そんな日々が三日程続いた矢先のことであった。





朝早くから出て、すっかり夕暮れに差し掛かる頃。

早朝から浮き上がっていた積乱雲は次第にどんよりとした雨雲に変化する。


すっかり東の空には暗雲が立ち込め、風が出て来たと思ったら、瞬く間に大雨となった。

湿り気を帯びた風と水の蒸発する匂いを肌で感じながら、遙とガークは雨宿りのために小さな廃工場の中に入っていた。


「雨かぁ、そういえば夏なのに、あんまり降って無かったよね」


遙は廃工場の床に落ちていたボルトで地面を擦りながら呟いた。その憮然とした呟きは、スレートで覆われた廃工場内を静かに反響する。

一方で、ガークは錆付いた鉄筋に大儀そうに腰を掛け、割れた窓ガラスから外の様子を伺っていた。


「そうだな。まぁ俄か雨なら助かるんだが、えらく空気が重いんだよな。ひょっとしたら結構長く降るかもしれねぇ」


「……でも、もう夕方だから、早く帰らないと、二人共心配するかもしれない。何か雨具みたいなのがあれば良いんだけど……」


遙は立ち上がって、小雨の潜り込んでくる廃工場の出入り口に足を進める。

庇で辛うじて雨水が当たらない程度の所に立ち、おもむろに曇天の空を見上げた。厚い雨雲に遮られた空は、太陽の光が見えない。時折、遠雷のような音も耳を掠めた。


……雨脚はこれからもっと激しくなるかもしれない。


俄か雨であれば、待っていれば済む。……だが、今は何か落ち着かなかった。


妙な胸騒ぎに、遙は軽い苛立ちを覚えて、地面の砂を小さく蹴る。その小石が削れる音に気付いてか、ガークは頬杖を付いたまま出入り口に立つ遙を見た。


「おい、遙。あんまり外に出てると風邪引くぜ? 中も大して気温変わらねぇけど、雨に濡れないだけマシだろ」


「……う、うん、そうだね」


遙は暗い気持ちを振り払って、ガークに笑いかけた。

だが、表情とは裏腹に、やはり先ほどから何らかの違和感を感じる。それに、徐々に近付いてくるような……

遙はもう一度、水煙の沸く地平線を見詰めた。視界は悪く、拠点の方角は何も見えない。


(……唯の勘違いかな? それなら、いいんだけれど……)


遙が廃工場の中に戻ろうと、踵を返しかけた時だった。


遙の耳に、何か風を切るような音が届いた。――思わず、身体が硬直する。


「!!」




振り向いた途端、視界が真っ暗になった。

そして、両肩にに何か鋭いものがめり込む感触が身体中を駆け巡り、唐突に走った激痛に遙は顔を大きく歪めた。


「うッ!」


「! 遙ぁッ! てめぇッ!」


ガークの叫びに、遙は痛みを振り払って目を開けた。

ガークが追い駆けてくる。だが、そのガークとの距離は目に見えて離れていっていた。


状況が理解出来ず、遙が慌てて手を伸ばしかけたその瞬間、肩を掴まれている力が更に強くなった。


「ぐぁッ!? ……あ、あなたは……」


遙が反射的に首を反る。顔こそ見えないが、小さな嘲笑が聞こえてきた。


「覚えているだろ? 執念深いあんたのことだ、存分に愉しもうじゃないか」


「チャド!」


遙は叫んだ。それと同時に、身の毛のよだつような戦慄を覚える。

先ほどから両肩に食い込んでいるのはチャドの爪だということに気が付き、慌てて引き離そうとするが……


「ッ……!!」


チャドの脚はびくともしない。次第に肩から真っ赤な血が噴き出し、雨に混じって流れ落ちる。

再び前を見た時は、もうガークの姿は水煙で見えなかった。チャドが飛行していることで、身体中が浮遊感に包まれている。

慌てて下を見ると、地上とは二十メートル近い距離があった。チャドがその気になれば、ここから突き落とすことも十分に考えられる。


(駄目だ……どうにもならない。ガーク……皆……!)








「遙ぁーー!! クソッ、あのコウモリ野郎め!!」


ガークは異変に気付いてすかさず廃工場を飛び出し、遙を追い始めたのは良いものの、相手のスピードにはまるで追い付かない。

相手は飛行することが出来る。走るスピードよりも圧倒的に速いのだ。当然のように距離が離れていき、ガークは悔しげに舌打ちする。


「畜生! 俺がもっと速ければ――」




「ガーク!」


突如として後ろから大声がし、ガークは振り返った。

その途端、全身に力強い雨風が吹き付ける。急激な突風に思わず尻餅を突きそうになった。

雨で濡れた顔を腕で拭いつつ、すぐさま顔を上げると、巨大な影と共に獅子とコウモリを併せたキメラ――レオフォンが飛翔してくる。


「レオのおっさん!? どうして此処に……」


「話は後だ。今は遙を追うぞ! お前達は安全な所に隠れておけ!」


レオフォンは早口に言い付けると、凄まじいスピードで遙が連れ去られた方向へと飛び立ってゆく。強かな風音を響かせながら、その姿はあっという間に水煙の奥へと消えていった。

彼の身体能力と飛行力の高さにガークが圧倒されて黙り込んでいると、背後から泥水を跳ねる足音が聞こえてくる。


「複数の獣人の匂いを感じて来たのよ、敵はこの間みたいに少なくは無いわ」


「フェリス!」


フェリスは珍しく息を乱しつつ、気配に気付いて振り返ったガークに告げた。


「じゃあ、あのコウモリ野郎だけじゃねぇってことか? それなら尚更急がねぇと」


ガークはフェリスの言葉に、焦れたように叫ぶ。彼に肩を大きく揺すられて、フェリスは苛立った様子で眉を顰めた。


「ちょっと待ちなさいよ! 匂いも足跡も残っていないのに、敵の居場所が分かる訳ないじゃない」


「んなこと言って、遙がGPCの奴らに連れ去られたんだぞ!? 検討付かなくても探さねぇと……」


ガークの大声を無視し、フェリスは前に出てると、静かに目を閉じる。


「それでも波動を伝って行けば……遙の居場所を掴める筈……」


「! 波動って手があったか。どっちだ遙の場所は!?」


雨音だけが二人の間に聞こえる中、フェリスは集中するために、歯を食い縛る。


ヒトの感覚を凌駕する獣人の中でも、更に五感が優れた者だけが感じ取ることが出来る『波動』。

波動を捉える……それは生体に走る微弱な電圧、いわゆる生体電気を感知することだ。

視覚、嗅覚、聴覚が塞がれていても、波動を察知する触覚が長けているのならば、周囲の状況把握を行うことが出来る。

ガークは波動の感知に鈍く、殆ど理解出来ない感覚ではあるが、一方でフェリスは遥かに優れた五感を有しているのだ。それこそ、索敵能力では右に出る者がいない程に……


――しかし、数秒の後、フェリスは表情を歪めた。


「……! どうして……」


「何があったんだよ! 遙の居場所は分かったのか?」


フェリスは信じられないというような表情で目を開けると、雨に濡れた顔を上げた。


「波動が『乱れている』……遙の波動が感じ取れない……ッ」


フェリスは愕然とした顔をガークに向けて言った。

ガークは腑に落ちない様子でフェリスの力強く肩を掴む。


「んだよッ、波動が乱れてるって……お前の神経が乱れてんじゃねぇかコラ!」


「違うわよっ、こんなの初めてで、どっちに何があるかも分からない……!」


フェリスが悔しげに歯を食い縛った。彼女の複雑な表情を目の当たりにして、さしものガークも肩から手を離す。

雨脚の強まる中、二人は暫く無言で見詰めあった。



「違う……」


数分の沈黙の後、フェリスが唐突に呟いた。


「分かっているじゃない、一つだけ何があるかが分かっている所が……」


フェリスの僅かに希望を見出した言葉に、ガークは眉を上げた。






――――――――






「……ッぐ!!」


唐突に地面に叩き付けられ、遙は受身も取れずに倒れ込んだ。

雨脚が強まる中、遙は全身が水に濡れたお陰で、身体が酷く重く感じる。肩からの出血も雨水が傷口に浸透していくせいで、治りが遅くなっていた。


遙はブラウスの袖を掴みながら、荒い息を吐く。


「随分と油断していたモンだなぁ、ハルカ。すっかり平和ボケしちまったかクックク」


頭上から聞こえたチャドの声に、遙が身体を叱咤して起き上がる。

視線の先には、黒いコウモリの獣人――チャドが下卑た笑みを浮かべて立ちはだかっていた。


最大の特徴である暗幕のように広がった翼手は、恐怖を喚起する程に大きく開き、遙の視界を遮っている。

その太い襟首には茶色の獣毛が密集して生えており、コウモリというよりもイヌ科に近く感じられる顔がより引き立って見えた。

そして彼の不気味な頭部には、以前戦った際に負わせた裂傷の痕が生々しく残されている。眉間に深く突き立てた傷跡は痕こそ残っているが、ほぼ完全に治ったと見ても良いだろう。


一度は人質を取られた状態で勝てた相手……しかし、今の彼から放たれている闘気は以前の比ではない程に高揚しているように感じた。

遙はその異形の容姿を睨み付けながらも、静かな声で彼に問いかける。


「はぁ、はぁ……ガーク達は? 私の仲間は……」


「何を腑抜けたことを抜かしているんだ?」


遙の言葉に、チャドはさもつまらなそうに返した。


「仲間が来ることを期待しても無駄さ。どうせ誰も助けに入らないんだからな。……お前は一人だ」


チャドはにやりと口角を曲げて言い放った。だが、その台詞を聞いた途端、遙は首を振る。


「違う、私の仲間に手出しをしないで欲しいんだ。狙いが私だけだと言うなら……」


「ほぉ、大した度胸だな」


チャドは特徴的な翼手で器用にも拍手をしながら笑った。


「だけど、自分の心配をした方が良いぜ? 相手が一人とは限らないんだからな!」


「!」


言下、チャドが吼えた。蝙蝠特有の甲高い方向が響き渡る。

雨の降り頻る中、湿度を持った空気がビリビリと振動し、曇天を劈くその咆哮に耐え切れず、遙は思わず耳を塞いだ。


……と、チャドの咆哮が止んだ途端、遙は周囲に複数の気配を感じて振り向く。



――自分の周りを取り囲む、獣人達。その数は軽く十数人程だろうか?

彼らの外見はいずれもオオカミやネコを始めとした肉食獣。中にはライオンやクマといった、大型の哺乳類をも模した獣人の姿まで見て取れる。

皆、磨き抜かれた刃のような爪牙を剥き出して、獰猛な唸り声を重く響かせて来ている。まさに、今にも飛び掛らんとする体勢だった。


この圧倒的に不利な状況を突き付けられ、遙は顔を引き攣らせる。思わず心臓が早鐘を打った。


「見せて貰おうじゃないか、キメラ獣人の力ってヤツを……」


遙が身体を小刻みに震わせるのを横目に、チャドは翼を広げると、再び短い咆哮を上げる。

そして、それが合図だったように、何の躊躇もなく獣人達は遙に躍りかかって来た。




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