フェリスの巻き上げる砂埃を振り払いながら、ガークは全力疾走していた。

どれ程走り続けているのか分からないぐらい頭に血が昇り、視線の捉える先にはフェリスの背しか見えていない。

決して体力が限界に近付いている訳ではなく、幾ら全力で走っても、フェリスに追いつくことが出来ないのだ。

つまり、手っ取り早く言ってしまえば、ガークよりもフェリスの方が足が速いということになる。しかし、ガークがその現実を軽く受け止める訳がない。


「このヤロー! 舐めやがって……オオカミの底力はこんなもんじゃ――」


ふと、前方が陰った気がした。……違う、自分も含めて、周囲に音も無く影が差す。

ガークが何事かと、慌てて空を仰ぐと、そこには巨大な翼を広げたレオフォンが、太陽を背にシルエットで浮かび上がっていた。

その蝙蝠のような翼が、荘厳な風切り音を立てて上下している。ガークは驚いて声を上げた。


「な、ななな! レオのおっさん!? それに……」


逆光で見え辛いが、そのレオフォンの腕の中で黄色いリボンが翻っている。

見覚えのあるリボン……間違いない、あれは――


「遙ッ!? ちょっと待てよ、俺だけ置いてけぼりを食うじゃねぇかぁー!!」


ガークの怒声が次第に小さくなり、その姿も徐々に遠ざかって行く。

その様を空から見詰めていた遙は、すでに見えてはいないだろうが、ガークに対して苦笑を浮かべた。


「よ、良かったのかな? 私だけこんなに楽して……」


「構わんさ、あれが言い出したことだ。自分から率先して行くと言ったのなら、あのぐらいの苦労は予想の範囲だろう。
第一、ガークの体力を馬鹿にしてはいかん。その気になれば、気力だけで地の果てまで行きかねないからな」


大仰にも聞こえるレオフォンの台詞が、遙の頭上から聞こえてきた。

遙は軽く噴出して、レオフォンの胸に頬を押し付けると、そっと目を閉じる。白い毛皮が心地良かった。


(そういえば……この感覚)


遙はぼんやりと記憶を探った。

何処かで、何処かでこんな浮遊感と安堵感を感じた気がする。でも、その時はもっと寒くて、風が強かったような……

初めて狂獣人と戦った時? ……違う、もっと昔に。この絶対不可侵区域でレオフォンと会う以前に……?


「……ッ」


遙は急に頭痛を覚えて、歯を食い縛った。視界が揺れ、軽い眩暈を引き起こす。

記憶が戻りかけているのだろうか? いずれにせよ、今の遙に完全な記憶が戻ってくることは無かった。


「どうした、遙?」


レオフォンが遙の異変に気が付いて、そっと声をかけてきた。

遙は青白くなった顔を少し上げて、大丈夫だと静かに首を振った。しかし、レオフォンは翼を垂直に立て、風を受け止める形にする。

そのままゆっくりと高度を下げながら、レオフォンは遙の頭に手を置いた。


「気分が悪くなったか? 空は慣れないだろうからな、無理はするものじゃない」


「……すみません、空は平気なんですが、何だか……」


遙は一旦唾を飲み込み、大きく息を吐き出した。

そうすることで、少しばかり気分が良くなってくる。レオフォンの言うとおり、軽く酔っていたのかもしれない。

レオフォンが完全に着地すると、身体がまたぐっと浮き上がる感覚がした。


「ふむ、だが目的地には着いたぞ。少し酔い覚ましに歩いてくるといい」


「え?」


レオフォンの思いがけない言葉に、遙は顔を上げ、視線を前に移した。


――そこには、『街』があった。正確に言えば、元々『街』であった場所。

高層ビルの立ち並ぶ風景。幾つかのビルは階の途中で焼き崩れていたが、それでもまだ形を保っているものも多い。

元は道路だったであろう地面は、荒地から吹き上げてきた砂が覆いかぶさっている。目を少し上にやれば、折れた標識や信号機も残っていた。

左右にはショーウィンドウが設置された建物。奥には埃被った衣服を着たトルソーも見えた。酷く風化しているものの、商店街の面影が残っているではないか。

どの建物も殆どが錆付き、看板などには焦げ付いた跡が痛々しく浮き出ているが、それらは何とも不思議な光景であった。


人の気配は、自分達以外に無い。

現代の風景がそのまま戦争にでも巻き込まれたかのような、そんな状態が延々と続いている。

廃墟の写真などは見たことがあるものの、いずれも古い風景だ。近代的な建物がこうやって累々と崩れている様子を見るのは信じ難いものであった。


遙はレオフォンから離れて、地面に足先を付けた。

小さな砂利の敷き詰まった地面。革靴の底でおもむろに砂利を払ってみると、アスファルトで舗装された黒灰色の道路が浮き上がってきた。


「……此処が絶対不可侵区域の……中心なのかな?」


遙は道路から視線を移し、焼けた高層ビルを見上げて、呆然と呟いた。

街道を彩っていた筈の街路樹は枯れ落ち、道路から広がってきた砂丘に呑まれている。

そうやって景色に目をやっている間中、崩壊した建物の隙間を吹き抜けていく、乾いた風音が耳を掠めていった。


「驚いた? 中々信じられない光景だよね。此処は特に大きな都市だったらしくて、他の所よりも形がしっかり残っているわ」


急に背後から聞こえた声に、遙は肩を飛び上がらせる。

振り向いた所には、フェリスが額に汗を浮かべて立っている。この炎天下の中を疾走して来たのだから、流石に疲れの表情が見えていた。


「この崩れ方……狂獣人だけじゃ此処まで崩壊するに至らない。殆どが軍用兵器で崩されてしまっている。……情報を覆い隠すためにね」


「GPCが、情報を隠すために……ですか?」


「そのとおり。……まぁ、幾らなんでもやり過ぎって感じはするのだけれど……」


『うおーい! 待てぇぇ』


フェリスが額の汗を腕で拭った途端、二人の後ろからガークの大声が轟いた。

フェリスより大幅に遅れて到着したらしい。相変わらずの脚力である。


ばたばたと慌しく一行に追いついたガークは、身体を屈めて荒い息を吐いた。


「はー、はー、……早すぎるだろ。尻にジェットエンジンでも付いてんじゃねぇか!?」


「そんなことしたら私が木っ端微塵になるじゃない。唯の実力の差よ」


フェリスは溜息交じりに軽くあしらったが、ガークはぎりぎりと歯噛みしている。

どうにも諦めの付かない性格のようだった。変に頑固な一面のあるガークにフェリスも呆れ気味である。


「いい加減諦めたらどうなのよ。私に勝てる訳ないでしょ?」


「ぬぐぐ……次は負けねぇッ! ――遙!」


「! な、何?」


近くにあったショーウィンドウの砂埃を払っていた遙は、ガークの声に慌てて振り向いた。

遙が目を丸くしていると、ガークはニヤリと笑い、右手の親指を一つの建物に向ける。


そこには、ぱっと見て八階建てぐらいの大きな建物があった。

入り口付近がガラス製のショーウィンドウになっており、殆ど破れて見られなくなっているものの、色褪せた広告のようなものも貼ってある。

遙はガークの近くに歩み寄り、罅の入ったショーウィンドウに手を当てると、ガークが快活な口調で言った。


「ショッピングモールってヤツだ。此処まで来たら、中も見てみたくなるだろ?」







窓から差し込む、昼下がりの明かりのみの店内。

ガラスやタイルの砕けた地面に、電気のコードが垂れ下がった天井。

店内を走るエスカレーターはすでに停止しており、もはや階段代わりにしかならない。

……とてもショッピングモールとは思えない、埃っぽい空気が遙の喉を刺した。


分岐した通路を適当に進みながら、遙は咳き込む。


「何か凄い所……」


遙は左右をちらちらと見ながら、漠然と呟いた。

まだ建物内の店舗には、ばらけているものの、品物が残っている。商品がそのまま残っているのも不思議な光景だ。

遙は手頃な場所にあった、アクセサリーの散らばった棚に近付く。

元はもっと綺麗な輝きを放っていたであろう、ネックレスやブレスレット、ピアスなどの商品は、今や埃と炭に塗れ、くすんだ色合いに風化している。


「これ、誕生石だよね? ちょっと砂利が混ざってるけど」


遙はガラス製の皿から、水晶らしき石の欠片を手にとって、まじまじと見詰めた。

それは掌で転がしてみると、少しずつ埃が取れて、透明な輝きを放ってくる。瑕が付いた様子はあまり見られなかった。


「宝石が欲しいなら持って帰ってもいいぞ? そのために来たようなモンだし」


ガークはいたって真面目な顔で、水晶で遊んでいた遙に言った。

その言葉に、遙は手を止めてぎょっとする。


「そ、そんなの泥棒じゃない! 幾ら人がいないからって……」


「知るかよ。大体、そんなちっこいモンを二つや三つ持っていった所で、誰も文句言わねぇ。此処はもう『消失した都市』なんだ」


「……どういう意味?」


「この街は始めから無かったように仕立て上げられているってことだよ。情報操作でな。
何のために、こんなにこの街が崩されているかってことを考えてみろ」


「GPCがやったことなんでしょ? 獣人の実験を晦ます為に……」


「まー、細かいことはわかんないけどな。この絶対不可侵区域が出来た理由ってヤツは、イマイチはっきりしていない」


ガークは割れたガラスケースの破片を手に取る。


「おかしいと思わないか? そんな違法な研究しといて、それを漏洩させるってのが。
街一つ破壊しなきゃあいけないぐらいに、大仰なことになる前に、情報を漏らさなければ良いだけの話だろ?」


「……ガーク達みたいに、獣人にされた人が脱走して漏らしたとか、研究員の人が罪悪感を感じて情報を振りまいたりとか、そういうことじゃないの?」


「それもあるが」


ガークは眉を顰めた。


「実の所、『獣人』って存在が生まれたのは、此処三、四年前の話らしいんだ。それ以前は、GPCは何も法律に触れるような研究は行っていない。
……だけど、この絶対不可侵区域が出来たのは、七年以上前のことなんだよ」


「そ、それじゃあ、獣人はこの絶対不可侵区域が出来た後に生まれたってことになるじゃない?」


遙は考えるように首を傾げて言った。しかし、ガークも同じように、腑に落ちない表情で話を続ける。


「そういうことになるなぁ。その絶対不可侵区域が出来た時に、何があったかが良く分かっていない。
生物災害だと言っても、そんな証拠は全然出て来ていないんだ。お前も、地元のニュースとかで、そんなことは報道されなかったんだろ?」


「……流石に七年も前じゃ覚えていないかな……私はまだ小学生だったし、その頃はまだ難しいニュースなんて分からなかった」


遙は誕生石を元の位置に戻して、小さな溜息を漏らした。

ガークもガラス片を投げ捨てる。


「ま、此処はもう捨てられた土地ってこと。それだけは確かだ。今となっては入り口こそ封鎖されちゃあいるが、中までの管理は行き届いていない。
流石に高価な品や金はとっくに回収されているが、衣服なんかは何故かそのまんまだ。欲しいのあったら持ってけよ」


「い、いいよ。泥棒グセみたいなのが付いたら、やっぱり嫌だし」


遙は首を振った。お金も払わずに手に入れた物は、どうも自分の物になった気がしない。


「そうか? まぁお前がいいっていうなら別に強制はしないけどさ。……それより」


ガークはちらりと後ろを見た。遙も釣られて背後に振り返る。

そこにはレオフォンが書店の本棚を見詰めていたが、更にその後ろに、黄丹色の頭髪が零れていた。

見覚えのある頭髪……遙は目を瞬いた。


「……あれ? フェリスさん」


その時、フェリスがレオフォンの背中から、びくりと肩を揺らした。

おずおずと、引き攣った笑みを浮かべながら、フェリスはガークを見る。


「お、終わった? そろそろ帰らない?」


「おー、おー、良く言うぜフェリス。此処に着てから十五分ぐらいしか経ってないってのに」


ガークが揶揄するような口調で言った。

いつもなら普通に言い返すフェリスだろうが、今は何処か違った雰囲気を見せている。

……身体を竦めて、微妙に肩が震えているような。それこそ、子猫が怯えるような姿勢である。


「何かあったんですか?」


遙がレオフォンの背にしがみ付くフェリスに、そっと問い掛けてみた。

すると、本人が返事をする前に、ガークが遙の耳元で囁く。


「……良いこと教えてやる、フェリスは黎峯でいう『オバケ』の類が苦手なんだよ」


「な、何で言うのよッ」


フェリスが頬を赤くして叫んだ。ガークはひょいひょいと後退った。

にしし、と口元に手を当てて笑うガークは、フェリスの後ろ側を指差す。


「虚勢を張るのはやめとけよ、格好悪いぜ。――ほら、後ろに何か黒い影が」


「キャー!! 馬鹿、馬鹿ガーク!」


フェリスは悲鳴と共に悪態を漏らしながら、凄まじいスピードで出口へ駆けて行った。

初めて二人の立場が逆転したのを見たが、普段は見ない二人の雰囲気に思わず笑ってしまう。


……なるほど、確かに此処『街』一帯の雰囲気は心霊スポットのようにも思える。

崩れ落ちた廃墟な上、照明一つ無い。人の気配さえしないのだから、フェリスが怯える理由が分からないでもなかった。

フェリスが此処に来たがらない理由がはっきりしつつも、彼女を無理に連れてきた遙は少しばかり罪悪感を覚える。


「無理に誘って悪いことしちゃったかな? 全然そんな風に見えないのに……ちょっと意外かも」


「そりゃこっちの台詞だ。お前の方がギャーギャー悲鳴上げそうな顔してるクセに、全然平気そうだな」


「幽霊は見たことないから。それに、死んだ人にもう一度会えるのならそれも悪くないかなーって……
本当に怖いのは、目に見えるものかなぁ。私は狂獣人の方が、ずっと怖いよ」


子供らしい純粋な感想を述べた遙。

淡々とした口調だったが、何処か悲哀が篭っている気がした。


「へぇ。今時いるんだな、そんなこと考える高校生」


「な、何で? 変なのかな……?」


「純粋なのは良いことだ。それはそれで遙の性格なのだろう。私から見ればガークも似たようなものだよ」


レオフォンが本棚から目を離して、二人に言った。

遙とガークはお互いを見詰めて、思わず噴出す。主観では中々気付け無いことも、他人から見れば一目瞭然らしい。

自覚は無かったものの、妙な意外性を感じて、遙は笑ってしまった。


「はっは、二人共、笑っている場合ではないぞ。早い所、外に出よう。
逃げて行ったフェリスの奴が迷子にでもなったら大変だからな」


「ったく、あいつを連れてくるとロクに探検も出来ねぇからなー。今度からは確実に留守番だ」


「まぁこれからまた沢山来れば良いだろう? 何も明日にはこの土地が消える訳でもない」


レオフォンの言葉に、ガークは納得したように眉を上げた。


「そりゃそうだな。……じゃ、今日はこのぐらいにしといて、また日を改めてくるか、遙」


「う、うん!」


遙は慌てて返事をした。

何故かこの街に対して、妙な関心が引き寄せられる。

今までに見たことの無かった風景。パッと見る限りでも、かなりの広さがある。それら全てを歩き回れると思うと、遙の心は躍った。


(皆の知らないことだから……鳳楼都に戻ってきた時に良い自慢話になるかも)


遙は頬を紅潮させながら、微笑んだ。






――――――――






青白い通路が一直線に伸びる、細長く暗い空間。照明の無い天井には、無数のパイプが蛇のように走っている。

その通路を挟んで等間隔に並んでいるのは、内部が淡緑色の水溶液で満たされた、カプセル状の容器。

容器の先頭と背に当たる部分には複数の太い管が装着されており、容器そのものは緩やかな傾斜を持って設置されていた。


……ふと、通路の左右から、薄い照明が差し込んだ。それと同時に、立ち並ぶ容器の内の一つに、そっと白い指先が当てられる。


「……こりゃまた、相変わらず趣味の悪い場所だなぁ」


背後から聞こえた声に、指先の主であるクロウは振り向いた。

クロウの視線に気付いたチャドは、怯える様子も無く、嘲笑を浮かべている。


「チャド、来ていたの?」


「まぁな、他にすることもないし。命令も無い間は暇で仕方が無くてな」


チャドの言葉に、クロウは冷笑を浮かべて返した。


「ふふ、だけどもう暇な時間も終わりよ。明日にもなれば、あなたにはまた動いてもらうわ」


「そりゃ有り難い。出来ればもっと早く言って欲しかったよ。狂獣人の処分なんてやっていてもつまらないからな」


チャドは悠々とクロウの元へと近付いた。

そして、その指先のあてがわれている容器に目をやる。内容された淡緑色の水溶液が音を立てて泡立った。


「そいつ、治ったのか?」


「まだ完全じゃないけれど、あと小一時間もすれば戦いに支障はないでしょうね」


容器内に液体と共に詰められていたのは、違えようも無い『人』そのものだった。

良く見ればこれ以外の容器にも全て人影が浮かんでおり、そのどれらも眠っているように動く気配は無い。


「ハルカが此処まで私の作品を傷付けるとは思っていなかったわ。お陰で修復にも時間がかかってしまった。……でも」


クロウは容器の表面を、指先で軽く突いた。


「……ハルカをこの中に『再び』連れ戻せる日は、そう遠くない筈よ。そのためにも、あなたには協力してもらわないと、ね」


「ククク、それならハルカと戦う最後のチャンスになりそうだな。此処に詰められちまえば、あんたはハルカを貸してはくれないだろ?」


「今すぐには無理な注文よ。でも、もしハルカが完成した姿を見ても、あなたが相手をする気力が保てるというのなら、考えてあげてもいいわ」


「そりゃ恐ろしいことで。愉しみにしておきますよ」


「このあなたとの約束も、どちらにせよハルカを連れ戻さないことには始まらないわ。――ヴィクトル、いるのでしょう?」


ふと、クロウが名を呼んだ。

すると、通路の奥から、重量感のある足音が聞こえ始める。

じゃりっ……という、まるで鉤爪が硬いものを抉るような音が、クロウの目の前まで来て止まった。

チャドが口笛を吹いて眉を上げると、クロウはほんの少し笑みを浮かべて、ヴィクトルと呼んだ男に告げる。


「ヴィクトル、今回はあなたにも動いてもらうわ。あなたの能力が必要になりそうだから」


「……私が部下を連れて、ハルカを連れ戻せばいいという訳か?」


「今回出るのは、あなたや部下だけじゃないわ」


クロウはヴィクトルの言葉を遮るように言った。


「……今回は私も行くわ。チャド一人じゃ、ハルカを捕らえられるか分からないからね」


クロウの言葉に、チャドは苦笑する。

だが、彼女の言葉に真っ先に反応を示したのはヴィクトルの方であった。


「お前が動くというのか? お前が大きく動くと、『奴ら』に感付かれるのでは」


「ハルカを手中に収めてしまえば、奴らへの目晦ましなどどうにでもなる」


クロウは再び水溶液で満たされた容器へと視線を落とす。


「そのためにも、早急に動かないとね。……ペルセ、目を覚ましなさい」


クロウは容器の中で眠りについていた少女――ペルセに声を掛けた。

そのクロウの言葉に反応してか、ペルセの目が薄らと開かれ、人工呼吸器の装着された口元から僅かに泡を吹き出す。


「もう動けるかしら? ペルセ」


クロウの問いに、ペルセは赤い瞳を細めると、無言で頷いた。
 



Back Novel top Next