ガークの提案で『街』とやらに向かうことになった遙。

しっかりと説明してくれない彼に対しての不満も拭えなかったが、取り合えず制服に着替え、遙は自室を出た。


「もう、ガークったら強引なんだから。少しぐらい説明してくれても良いのに……」


遙は制服の襟を整えながら愚痴を漏らす。

もう夏本番であるため、冬用のブレザーを着る訳にもいかず、学校で使用する筈の夏服に着替えることとなった。

まだ一度も袖を通したことのなかった紺色のベストとシャツ。まさか学校よりも先に絶対不可侵区域で着ることになるとは思いもよらなかった。


(それにしても……)


遙は慣れた手付きでネクタイを締め、廊下に等間隔で開いた窓へと目をやった。

外は真夏の太陽がギラギラと輝き、周囲の草原を燦然と照らしている。風が無い訳ではないが、さすがに直射日光を浴びれば暑さに茹だってしまうだろう。

外の炎天下を見ただけでも気分が悪くなる……遙はどっと溜息を漏らした。


「……日射病になったらどうしよう」


遙は不安を募らせる。それでも彼がせっかく提案してくれたことを無下にするのも気が引ける行為であった。

決して乗る気ではなかったものの、結局の所、遙は一階へ繋がる階段を目指して足を進めてしまっている。

そういえば昔から提案や意見を断るのが苦手だったような……自分はどこかしら優柔不断な面があると思って、遙は肩を落とした。


「おーう、ようやく来たか」


遙が一階へ向かう階段を降りた所で、ガークの声がかかった。

そこにはすでにガークとレオフォンの姿があった。遙が急ぎ足でやってくると、二人そろって笑みを浮かべる。


「ガーク、レオフォンさん」


遙は作り笑いのような、ぎこちない笑みを浮かべながら、静かに二人へ呼びかけた。


「何だよ、あんまり嬉しそうな顔しないで、忘れモンとかは無いか?」


ガークは遙とは裏腹に、えらく快活な口調で返してきた。


……忘れ物云々はともかく、むしろガークの両手には何も持たれていないのだが。

この炎天下を歩くのなら、水筒の一つや二つ持っていかなければ冗談抜きで干乾びてしまう気がする。

遙は背を僅かに縮めて、疲れたような溜息を漏らした。


「……ふむ、遙よ。少しこちらへ来なさい」


「? はい」


レオフォンに呼ばれて遙はぱっと顔を上げ、すぐに彼の足元まで歩み寄った。

すると、レオフォンは隠れて見えなかった左手から、工事現場で見るような安全保護具のヘルメットを取り出す。

遙が唖然として見つめていると、すっぽりとヘルメットが頭に被せられ、目の前が暗くなった。


「な、何ですか、これ……」


遙は自分の頭よりも少々大きめなヘルメットの位置を直しながら、戸惑った様子でレオフォンに尋ねた。

すると、レオフォンの顔こそ見えなかったが、彼にしては珍しく、含み笑いのような声が聞こえた。


「あまり気分は良くないだろうが、瓦礫でも降ってくると危ないからな。念のために被っておくといい」


予想だにしなかったレオフォンの言葉に、遙は仰天した。


「ど、どういうことなんですかっ! ガーク、本当に何処に連れて行くつもりなのっ」


レオフォンが答えないとなると遙はいよいよ大声を上げて、ガークに問い詰めた。

この炎天下の中、安全用ヘルメットまで被せられて、瓦礫が降り注ぐような所に連れて行かれると思うと、遙は激怒せずにはいられなかった。

遙の牙を剥いた形相を他所に、当の本人であるガークは面倒臭そうに頭を掻く。


「別に怪しいところへ行こうって訳じゃねぇよ。唯、絶対不可侵区域内に残った『街』に行くだけさ」


「残った街? でも、此処はもう何年も廃墟なんでしょ?」


「ああ、だから説明が面倒なんだよッ。見るのが一番分かるんだ。……ほら、取り合えず出発するぞ」


遙はガークに強引に背中を押されて、思わずたたらを踏んだ。

素早く振り向いた遙は頬を真っ赤に膨らませる。少しぐらい説明に時間を割いてくれても悪くないではないか。


不満の募る遙の視線が向けられていることを、知ってか知らずか、ガークは悠々と伸びをした。


「さて、とっとと行くか」


「私も付いて行こう。また狂獣人が複数現れたら手が付けられんからな」


「レオフォンさんも来てくれるんですか?」


レオフォンが二人の間に割って入り、遙に告げる。その言葉に、遙は内心ホッと安堵した。

ガークには悪いが、レオフォンの方がずっと頼り甲斐がある。

仮にガークと二人だけで行動すれば、散々振り回された挙句に、絶対不可侵区域の端にでも捨てられてしまいそうであった。


レオフォンが来てくれるのは有り難い。

だが……遙はガークとレオフォンの二人を、交互に見ながら目を瞬いた。


「……そういえば、フェリスさんは?」


珍しく彼女の姿が見当たらなかった。

絶対不可侵区域に戻ってきた後も、一緒に遊んだり、時には悩みも聞いて貰ったりしたのだが。

フェリスはこの班では自分以外での唯一の同性である。一緒にいてくれた方が何処か安心する気がした。


「朝御飯の時は一緒にいたんだけど、部屋にいるのかな? ちょっと呼んで――」


「おー、あいつなら良いさ。どうせ呼んでも来ないだろうし」


今にも振り返って走り出しそうになった遙の背後に、ガークの淡々とした答えが飛んできた。

予想外の答えに遙は目を丸くする。


「で、でも、一番楽しんで行きそうな気がするし。せっかく行くなら皆で行った方が楽しいよ、きっと」


「馬鹿! んなこと言ったって、あいつは行きたがらないんだよッ! 昔からそうなんだ」


ガークは遙の腕を掴んだ。遙は急に右腕の付け根にかかった力に、顔を顰める。


「そんなの、訊いてみないと分からないでしょ!? ちょっと訊くだけだから、離してよっ」


「だから無駄だって! あいつは――」


ガークが言い終わらぬうちに遙は器用に身体を捻った。しっかりと掴んでいた筈の遙の繊手は、彼の手から水のようにするりと抜ける。

遙はガークから解放されると、振り向きもせずに再び廊下を逆戻りし始めた。

ガークは遙の機敏さに驚いて唖然とする。慌てて自分の両手を見て叫んだ。


「ぬおっ! あいつはウナギかよっ、あれだけ強く掴んでたのにあっさりと抜けやがって……。
いいや、それよりもあいつ、あのネコを呼んでくるつもりなのか。全く世話の焼ける奴だ」


「まぁ良いではないか。フェリスの意見も聞いてやるぐらい構わないだろう。何も言わずに行くよりは良い筈だ」


レオフォンが諭すように言うと、ガークは舌打ちをし、すぐさま遙の後を追い始めた。









一方で遙は階段をひょいひょいと駆け上がり、あっと言う間に三階にまで上り付いていた。

元々陸上部に所属していたこともあってか、獣人となった今は更に脚力が跳ね上がっている。

並の人間を超える肺活量と筋力。人間時だった頃とは比べ物にならないほどの速力が生み出されたお陰で、遙はガークが追いつく前にフェリスの部屋まで来ていた。


「確かこっち……あ、あった!」


遙は廊下の左右に設けられた六つのドアの内、右手側の三番目に設置された所へ向かう。

その三番目のドアには、表札代わりにか『SEJA BEM-VINDO!』と書いてある木板が提げてあった。

とは言っても、例え読むことは出来ても、外国語の苦手な遙にとってはどういう意味か未だに理解できないのだが。


しかし、今はそれを観察している場合ではない。

ヘタをすればガークにとんでもない仕打ちを受ける恐れがあるのだから。


(とにかく、ガークが来る前に……)


『こらこらこらっ! 待て遙ぁ!!』


そんなことをぼんやりと思った矢先、二階からガークの叫び声が聞こえてきた。

心臓が跳ね上がり、遙は反射的にフェリスの部屋のドアを抉じ開ける。


「フェリスさんっ」


人のことは言えず、遙もノック無しで部屋に飛び込んだ。

――しかし、部屋には誰もいなかった。遙の部屋と同じように寝台と机が置かれた室内。

初めて入った時は、その瀟洒な雰囲気に少しばかり驚きを覚えた部屋だった。フェリスのことだから、もう少し派手な装飾を好むかと思っていたのである。

何度か入ったことのある部屋だが、今ここに人影はない。遙は目を瞬きながら、部屋の中へと一歩踏み出した。


ガタ……


と、遙の『頭上』から物音がした。ばばっと顔を上げて、左手側に置かれたタンスの上を見る。

黄丹色の頭髪が視界を掠めた途端、思わず遙は息を飲み込んだ。


「あ〜……遙? Como vai?」


遙の向ける視線の先――タンスの上にフェリスが仰向けになっている。

首を反ってこちらを見たフェリスは、右手をひらひらと振って、流暢な母国語で問いかけてきた。


「え、え? どうしてフェリスさんはそんなところに……」


遙はフェリスの顔を見上げながら逆に問いかけた。すると、フェリスは軽く欠伸をした後、ニヤリと笑う。


「だってネコだもの。そこの寝台よりも高い所の方が落ち着くのよ。丁度ヒマな昼時だし、ちょっとラジオを聴いてた」


フェリスは両耳に取り付けていたイヤホンを外しながら答える。

そのフェリスの言葉に遙はぱっと顔を輝かせた。


「暇なら、一緒に出掛けませんか!?」


「んん? 出掛けるって何処に?」


『お前の「大好きな」街までさ』


フェリスが腑に落ちない様子で問い返した途端、遙の背後からガークが現れた。

急に頭上から聞こえた男声に、遙は飛び上がると同時に短い悲鳴を上げる。

おそるおそる振り向くと、そこにはガークがニヤニヤと感じの悪い笑みを浮かべながら立っているではないか。


「くっくっ……レオのおっさんと遙を連れて行ってくるぜ? そして優しい遙の提案でお前も一緒に連れて行ってやろうかって話が出てだな……」


「ま、街……」


ガークの嫌らしいセリフに対して、フェリスは珍しく顔を引き攣らせた。


「あ、あはは……じゃあ私は留守番しておくよ。刺客が来たら大変だし」


「そんな。せっかくだし、皆で行った方が楽しいですよ……だから」


遙が両手を握り締めて懇願していると、乗り気ではなさそうなフェリスも流石に複雑な表情になった。

街を嫌う理由は分からないが、せっかくなら……そんな気持ちで遙はフェリスを見上げると、暫くして彼女から苦笑が漏れた。


「……そうだね。ガークが一緒にいると不安だから、私も付いて行っちゃおうかな」


遙の視線に折れたフェリスは、肩を竦めながら言った。


「一言余計だっつぅの! ほら、行くって決まったら早く支度しろよ」


ガークはフェリスの返事に舌打ちしたと思うと、すぐさま大股で階段を降りていった。

……何かと仲の悪そうなガークとフェリスではあるが、今では遙もすっかり二人の雰囲気に馴染んでしまった。

それこそ顔を合わせれば口喧嘩の始まる二人に、最初はヒヤヒヤしていたが、現在はこれが普通の光景なのだと遙は思っている。


遙がぼんやりとガークの背を見送っていると、ほんの微かな音を立てて、フェリスがタンスの上から飛び降りた。


「はいはい。遙、先に下に降りてて良いよ。ちょっと支度して来るから」


「あ、はい!」


フェリスの言葉に、遙は元気良く返事を返した。







それから十数分程過ぎた後、遙とガークの姿は拠点のポーチにあった。

暖かさが滲む木製のポーチから、欄干に手をかけてそっと顔を出すと、燦々と煌く太陽が遙の顔を照らした。

ほんの少し日を浴びただけで、ジリジリと顔の焼ける感覚がし、遙はすぐに顔を引っ込める。


「暑い……」


遙が絞り出すような掠れた声で呟いた。こんな炎天下を歩いて行けば、全身が真っ赤に日焼けするに違い無い。

熱に茹だって座り込む遙を他所に、ガークは軽快な動きでポーチを飛び出した。


「おーう、いい天気だ。絶好のお出かけ日和ってヤツだな!」


ガークは拠点の前に広がった草原を勢い良く走り回る。遙は階段の上に積もった砂埃を払い、そこへゆっくりと腰を掛けると、膝に頬杖を突いた。

大はしゃぎで草原を駆けるガークの姿は、何処と無くドッグランを走り回るイヌに見えなくも無い……

悪いと思いながらも、遙は思わず噴出してしまった。


「お? 何だぁ、笑ってんじゃねぇか」


「ぷっ……ううん、何でもないよ。ねぇ、ガーク。もしかして、この中を歩いて行く気?」


「ああ? 当然だろ? 以前はちゃんと車があったんだが、フェリスが無免許のクセに調子に乗って大破したんだよ」


遙のげんなりとした問いに、ガークは晴れ渡った空を眺めながら淡々と答えた。

遙はがっくりと肩を落とし、フェリスが奥にいるであろう、拠点の玄関を見詰める。


「フェリスさんが壊すって……でも車の運転なんて、ガークも出来ないんじゃない?」


「いいや、俺は免許持ちだからフェリスみたいにアホウな運転はしないぜ。バイクと燃料さえ見付けちまえばガンガン乗り回して……」


『壁に激突するってオチ?』


遙が頭上から降ってきた声に肩を揺らした瞬間、僅かな砂煙を舞い上がらせて、二階からフェリスが飛び降りてきた。


「わっ! どうして上から……」


遙は思わず声を上げた。まさか玄関からではなく、頭上からフェリスが降りてくるなど考えもしなかった。


「? だって、いちいち階段降りるのが面倒だし……獣人って予想以上に頑丈に出来ているものなのよ」


フェリスは遙の驚いた表情を見て、顔を綻ばせた。

それにしても随分と慣れた言い方である。フェリスにとっては階段を降りる行為よりも楽な感覚のようだが、遙にとっては背筋の凍る思いである。

遙が愕然とポーチに座る中、フェリスも悠々と日照りの中へと踏み込んだ。

ぱっと見る限り、暑がっているようには見えない。汗だくで座り込んでいる自分とは全く正反対である。

元々南国の生まれということもあるだろうが、何より暑さに強いネコ科の血を引いているせいだろう。


「まったく……この炎天下の中で出かけるって言う割りには、水筒の一つも用意しないなんて……
暑さに弱いとか言って普段は冷房を独占してるクセに、こんな時は平気なのねぇ」


「うるせー! 街まで行けばジュースの自動販売機がゴロゴロあるだろうがッ」


ガークは走るのをやめて、呆れ顔のフェリスに向けて文句を投げ付けた。フェリスは返事代わりに溜息を漏らす。


「馬鹿ね、数年前のヤツが平気で飲めるとでも言うの? きっと獣人の消化器でも耐えられないと思うよ」


そう言って、フェリスは叫ぶガークに向けて水筒を放り投げた。

フェリスが投げたそれは見事にガークの額へ直撃し、彼は痛みに悲鳴を上げる。


「ぎゃいん! で、でもよ、電気系が生きているなら、まだ行けそうな気がするじゃないか!」


「缶が損傷してなくて、中身も腐敗していなければの話でしょ? 大体、缶ジュースの賞味期限は長くても半年ぐらいなんだから。
六、七年前ともなるとそうそう飲める品じゃないわ。鉄錆の浮いたような飲み物を飲んで、遙がお腹壊したりでもしたらどうするのよ」


「何があるか分からんのだから、備えておくに越したことはないだろう? ガーク」


遙の背後にあたる、玄関の戸からレオフォンが姿を現した。

遙は慌てて立ち上がり、レオフォンを見上げる。


「フェリスの言うとおりだ。お前や私は良いとしても、遙達には耐えられんものがあるだろう。仲間を気遣ってやるのも大切なことだ」


レオフォンが言うとさすがのガークも折れた。


「ったくレオのおっさんがいるとこうなるんだなぁ。分かったよ。とにかく、もう昼だし、早いとこ出発しようぜ。……お、そうだ」


ガークは何かを思いついたように、ズカズカとフェリスに歩み寄った。


「せっかくなら、街まで俺と競争しねぇか? ここ最近は負けっぱなしだからな!」


ガークの勝気満々の提案を受けて、フェリスは鼻を鳴らした。


「まぁ、身の程知らずね。ふふふ、いいわ……一回も勝ったことないクセにそんなこと言うんだから。格の違いというものを見せてあげる!」


と、言下、砂埃と共にフェリスの体がぶれた。走り出した――ということに遙が気がついたのは、頬に突風が吹き付けた時だった。

大体、ガークとフェリスが競争してどちらが勝つなど、下水道を通った時を思い返せば火を見るより明らかであった。

恐らく負けず嫌いな性格なのだろう。悪く言えば学習能力の無い自信過剰になるのかもしれないが。……遙は腕で日差しを遮りながら思った。


「ガ、ガーク、やめておいたほうが良いよ。だってフェリスさんの方が圧倒的じゃ――」


「うるせぇ! 今にその台詞を覆してやる。ったく、今のはフライングだろちくしょぉぉぉ!!」


遙の台詞を遮ったガークは、すかさず彼女を追いかけ始めた。

盛大な砂煙と共に二人の影があっという間に地平線へと消えていく。まるで風のような勢いだった。

相変わらずそのスピードに遙は呆然と目を奪われるばかりである。


「す、すごいスピード……あれじゃ、私は追い付けないよ」


「はっは! 別に遙が走る必要はない。私が連れて行ってやろう」


「え?」


レオフォンの年季の入った笑い声を聞き、戸惑っていた遙は振り向いた。

その刹那、背から伸びる巨大な翼の陰が、遙の頭身をすっぽりとを覆う。


――まさか、と思ったが、本当にそのまさかだった。


「空を飛んでいけば、何も走る必要も無いだろう。遙が平気だというのなら、だが」


その言葉に、遙はぱっと顔を輝かせた。

幼いころから飛行機に乗ったことも無かった遙にとって、空は未知の空間に等しかったのである。

遙はすかさずレオフォンの身体に詰め寄った。


「わ、私、高いところは平気です! むしろ、ずっと憧れていて……」


「お、そうなのか。ははは、落ちることはないから、しっかり掴まっていると良い」


そう言うと、レオフォンは遙の腰と肩を抱え上げた。自分の身体があまりにも簡単に持ち上がったことに、遙は驚く。

レオフォンにとっては、まるでボールの類でも持ち上げるかのような感覚なのかもしれない。

遙がレオフォンの胸に頬を押し付ける形を取ったその途端、遙の髪が舞いあがり、体中が不思議な浮遊感に包みこまれる。


「……ッ!」


耳鳴りがし、遙は一瞬、軽い痛みに目を閉じる。

――しかし、再び目を開けると、そこはまるで別世界のような光景が広がっていた。





「……これが空?」


下を見ると、地面が途轍もなく遠い。逆に、見上げる空は手に掴めるような気分になるほどに視界を埋め尽くす。

前方に明ける無限大の地平線。ほんの少し霞がかってはいるものの、遙にとってはあまりにも広大過ぎる光景であった。


「凄い……」


遙は思わず独白を漏らす。この光景すら、まだ世界のほんの一部という事実を受け入れることは出来なかった。

途方も無い広さの世界に生きる自分の矮小さ。その現実を突き付けられ、遙は獣人にされてからの苦痛の記憶さえ一瞬吹き飛んでいた。




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