「遙……」


玲は屋上に立ち、フェンス越しに月光が照らすグラウンドを眺めていた。夜の帳が完全に下りた学校は、昼間の活気がまるで感じられない。ひたすら陰鬱な空気に、建物全体が澱んでいた。

屋上は風が強く、ブレザーとスカートの裾をはためかせる。後ろに一つに束ねた頭髪も、風に煽られて翻った。冷たい風に、頬が僅かに悴んでしまい、玲は顔を顰める。

此処に立ってから、随分と時間が経った気がした。空は迷いなど無いような、満天の星空。だが、その星々を覆い隠すようにして、黒雲が何処からとも無く流れてくる。

……まだだろうか? 落ち着かない気持ちで腕時計の針を確認すると、丁度時刻が九時になる時だった。そろそろか……


玲が溜め息と共に空を仰いだ途端、微かに風向きが変わったような気がして、思わず振り返る。ざぁざぁと、風が潮騒のようにうねっていた。

遙が来たのかと、期待と憂いが混ざり合ったような複雑な表情を浮かべ、玲は闇の注す後方へと目を向けたのだが、そこには無論、誰もいない。気配も無い。

しかし……誰かいるような気がする。誰? 玲は悪寒を覚えつつも一歩一歩、背後へと足を踏み出した。


「遙?」


呟きながら、避雷針の設けられた入り口の上を見詰めたのだが、まさか、人がいるような場所ではない。玲は憮然として、再びグラウンド側のフェンスへ戻ろうとしたが――


「!? きゃっ……!!」


前触れも無く、細い胴を何者かの巨大な手に把持され、玲は体が異様な浮遊感に包まれるのを感じる。

急に眼前に広がった夜空に、淡い月光は無い。暗い視界に見えたのは、赤く煌く、二つの光だけだった。






――――――――






「く……」


脇腹に出来た深い裂傷から血が止め処なく流れ落ちる。血は太腿を伝い、靴に染み込んでどす黒く染まった。

フェリスは再び組み合った少女の顔を睥睨する。ぎりぎりと押し付けられる力……食い縛る口の中も、鉄錆のような血の味が広がり、思わず吐き気を催した。

負傷した右手首に掛かる力と、大量の出血は確実にフェリスの体力を削り取る。普段ならば反撃に転ずる事が出来る状態でも、今は相手の力に押され、持久戦に持ち込まれる事となってしまった。

ずりっ……と、足元をくねらせ、フェリスは体勢を立て直そうとするが、敵の力が強過ぎる。これでは動けば動くほどに状況が悪化に縺れ込ませるだけだ。

だが……此処で力に負けて倒されれば、即座に首を刎ねられるだろう。


「ぐっ……この……っ!!」


ぎしっ! フェリスが憎々しげに言葉を吐き捨てると同時に、衰弱したのを察したかのように少女が更に膂力を強める。まずい……このままでは。


「うらぁぁああっ!!」


突如として轟いた咆哮交じりの怒号に、フェリスは微かに眼を丸くする。僅かな風を巻き込みつつ、後ろから躍り出たガークが少女の華奢な足を浚い、フェリスを肘鉄砲で後方へ突き飛ばした。

ガークに何とも無造作な形で突き飛ばされ、フェリスは受身も取れずに芝生の上へと仰向けに転げた。その衝撃で、脇腹の傷に激痛が走る。フェリスは微かに呻き声を上げた。


「っ……ガーク」


「馬鹿野郎! 一人で突っ走ってるんじゃねぇよ! 唯でさえ右腕損傷してるくせによ、さっさと遙の所へ行け!!」


ガークが吼え、再び走り寄って来た少女の右腕を掴み、背負い投げを喰らわせる。だが、いともあっさり着地され、両腕を取られた。

そのまま勢いをつけて少女に投げ飛ばされ、ガークは後方へ倒れ込んでいたフェリスに頭からぶつかる。肉を打つ、鈍い音が痛みと共に両者へ響いた。


「ぐぇ!」


「っ痛ぁぁああ!! 何が『ぐぇ』よ! ガークの方がよっぽど馬鹿じゃないっ!?」


フェリスの額にぶつかってきたガークの頭頂部を、忌々しそうに鷲掴みにした。当然、彼も悪気があってした事ではないのだろうが、後先考えずに突進されては困り者である。

唯でさえ脇腹の大怪我で、呼吸すらも辛いというのに、ガークの体重で更に血を流した気がした。燃える創傷からは、脈と共に鮮血が拍出され、フェリスの眼前は酷くぼやける。

しかし、ガークの肩越しに見詰めた少女の方に、疲弊の表情は見られない。怪我も頬や腕に幾つか筋傷がある程度で、どれも頓着に値するような傷ではなかった。

こちらに抱きついて来ているガークは四肢を捻ったらしく、苦痛の為か、渋面を浮かべている。フェリスの端整な顔立ちに、憤懣の表情が深々と刻まれた。


「さっさと退いてよガーク!! 私が動けないわっ!」


「ぐぐっ……馬鹿! 左肩を脱臼したんだよっ!! ロクに動けねぇって!!」


本来ならば言い争いなどやっている場合では無いのだが、いつもの喧嘩グセにより、すっかり頭に血が上ってしまう。

とにかく、フェリスは叫ぶガークを引き離すべく、非情ではあるが、膝で彼の横腹を蹴り上げようとした。

フェリスのその小さな動作と共に、ガークが僅かに揺れる……すると、薄らとだが、彼の背後に潜む敵が、ゆっくりとこちらに近付いて来ているのに気付き、フェリスは眼を見開いた。

少女の手刀が、未だに不服げに唸るガークの無防備な背を貫こうとして、眼にも止まらぬ程の勢いで突き出される。


「ガークっ!」


フェリスが今までに無い程の力で、ガークを派手に蹴り上げる。容赦無しに彼の腹部を蹴った為、ガークは後方の芝生へと転げ、大きく咳き込んだ。

すぐさま彼女へ抗議しようとしたガークだったが、再びフェリスに視線を戻した途端、驚愕に息を呑む。



――少女の腕が、フェリスの鳩尾に食い込んでいる。少女の手刀が深々と入り込んだ患部からは、眼も背けたくなるような鮮血が溢れ、フェリスの服を暗赤色に染め上げた。

一方、フェリスが決死の覚悟で突き出したであろう左腕も、少女の右胸を穿孔していた。これには流石の少女も僅かに眉間に皺を寄せ、真っ赤な血を咳混じりに吐き出す。

少女が初めて見せた、その微かな苦痛の表情を視認し、フェリスは血に塗れた口端を得意げに吊り上げた。


「……まだ私が動ける事忘れてたの? あなたの敵はガークだけじゃないわ」


「……」


少女は答えない。唯、フェリスの鳩尾から左腕を引き抜き、己の右胸に食い込んでいる彼女の腕も同時に引き離す。

フェリスの傷口から栓代わりとなっていた少女の左腕が抜かれ、更に出血が酷くなった。当然、彼女も苦痛に体を捩り、苦しげに喘ぐ。

例え獣人であろうと致命傷に近い創傷。しかし、フェリスはそれでも痛む体を叱咤し、肘を芝生に突いて上体を起こす。

だが、それ以上体が言う事を利かない。結果として、距離を取った少女の姿を睨み付ける事しか出来なかった。
 

「フェリス!」


ガークが慌ててフェリスの元へ近付き、彼女を介抱するように抱き上げた。あと少し少女の左腕が上へズレていれば、心臓に達しかねない傷だ。出血を止めなければ、命まで危ういだろう。

しかし、フェリスは血に濡れた唇を湿しつつ、平然を装った表情でガークへと視線を向けた。


「ガーク……今よ。遙の所へ……行って。まだ、あの子は動けるわ。ガークの攻撃じゃ、止めを刺すことが出来ないだろうからね……」


ガークの顔が信じられないと言った感じに、酷く歪んだ。


「何だとっ! 俺はそこまで落ちぶれじゃないぜ!! 雑魚扱いすんなっ!!」


「ガーク!!」


フェリスの凄まじい叱声に、ガークは気圧されたように口を閉ざした。フェリスは喀血しつつ、体を少しずつ起こす。


「……雑魚扱いなんかじゃないわ。あなたはこんな所で立ち止まってもらったら困るのよ。もっと大事な者を護るために……ね?」


フェリスは口元の血を拭い、もう一度咳き込んでから、ガークの顔を真摯な眼差しで見詰めた。彼女の深い碧眼が、何処か憂えたように滲む。

その彼女の意思に、ガークは悔しげに歯軋りをすると、足を引き摺るようにして一歩、後退した。


「……くそっ!! ……死ぬなよ? 死んだらお前の死体はカラスの餌だ馬鹿野郎!!」


ガークは自棄になったように散々台詞を吐き散らし、悔恨の念がまざまざと浮かび上がった顔立ちを、未練がましくフェリスから背けた。

ざざっ! と、芝生を蹴散らす音と共に、徐々に遠ざかってゆくガークの波動。フェリスはそれを感じ取り、長い溜め息を吐いた。




「……さぁて、刺客さん。手加減無しにやってきてよ。……ふふ、私もほんの『少しだけ』本気で行くから……」


フェリスは己が致命傷を負っているのを知らないかのように、軽々と立ち上がる。鳩尾の出血と、脇腹から流れていた血は、すでに止まりかけていた。

……少女はよろよろと佇み、今まで俯いていた顔を緩慢な動きで上げる。血のように赤黒い双眼が、ぞっとするような殺気を含んで燃え上がった。


「私の名は……」


少女が、掠れ声で呟き始める。


「コード・ネーム『ペルセ』です。以後、お見知りおきを」


恭しく告げると、少女ペルセは右足を背後へ下げて、次の瞬間、一気にフェリスへ向けて駆け出した。






――――――――






「玲……」


遙は校内の敷地に進入し、頭上を仰いで鼻をひくつかせた。植木の葉が、ざわざわと落ち着き無く騒ぎ立てる。

……空気中に流れている筈の匂いは、上手く感じ取れなかった。どうしてだろうか? 風が強過ぎるのかもしれない。遙は匂いを追うのを止め、視線を正面へ戻した。


真っ暗な校舎。昼間は校内を透徹させているガラス窓も、今は黒い塗り壁でも取り付けているかのように漆黒に染まっている。まるで喪に服したような、黒。遙は顔を顰めた。

とにかく、遙はグラウンド前に建設されている校舎へ行き、その校舎の北側に設けられている非常口の扉を、ゆっくりと開いた。

此処だけは、いつも学校で開いている場所である。とは言っても、校舎の奥に繋がる扉は施錠されてはいるが。夜の非常口を通って行く事が出来るのは、屋上だけだ。


吹き抜けの窓から、月明かりの差し込む階段を勢いよく駆け抜け、遙は屋上への道を疾走する。目まぐるしく視界が回り、やがて、長い階段が途切れた。

目の前に現れた、一つの鉄製の扉。屋上への、たった一枚の隔たり。……遙は迷う事無く非常錠へ手を掛け、力任せに扉を押した。

ぎぎぃぃ……。根元が錆びているのか、酷く軋んだ音が、暗い校舎へ響き渡った。その扉の先に明けた光景は、月光に照らされる屋上。


――しかし、その屋上には誰もいなかった。遙は予想外の光景に唖然と口を開く。

思わず焦燥感に駆られつつ、暫く獣の眼を使って屋上を見回したが、やはり誰もいない。早過ぎたのだろうか? だが、時計を見てみれば、すでに九時を過ぎている。

玲は必ず時間を守る人だ。彼女が遅れるなど、考えられない。人一倍責任感の強い彼女は約束を破る事だって、過去に一度も無かった。

遙は不審そうに眉根を寄せ、落下防止用に設けられたフェンスを見詰めながら、屋上の中央に立つ。


「玲、何処……? 何処にいるの!?」


返事は無かった。闇の空へ虚しく遠ざかってゆく己の木霊。……遙は狼狽した表情を浮かべ、コンクリートの敷かれた足場を走り回り、頭上を仰ぐ。


「っ……!?」


その時、突如として背中に突風が吹きつけ、遙は大きくよろめいた。何とか両足で地を捉えると、体勢を整え、咄嗟に閉じていた瞼を恐る恐る開ける。

次の瞬間、遙の顔が引き攣った。


「ククク……何の注意も無く、のこのこと出て来やがったな、ハルカ」


目の前の闇から、掠れた低音の声が響いてきた。真っ暗闇に沈む背景は、黒色以外、何も無い。

だが、遙の瞳は確実にその存在を視認する。その眼が驚愕に見開かれた。


「……あ……あなた、は……あの時の……」


遙の目の前に立っていたのは、全身の殆どが闇と同化したように暗色に染まった蝙蝠の獣人だった。

辛うじて見える右腕は、まさに蝙蝠を象徴する翼手であり、それは異様に長く、細いながらに引き締まった筋肉が付いている。

その体は、背面が漆黒の毛に、顎から首周り、腹部へかけて焦げ茶色の短い体毛が覆っていた。何よりも眼を引くのは、その鮮血のように赤い双眸である。

――人と獣の境界……異形の存在。それはまさしく『獣人』であった。



そう……忘れる筈も無い、その異形に、遙は戦慄く唇を叱咤して食い縛る。穏やかな鳶色を宿していた瞳が、見る見る内に赤く燃え上がっていった。

遙は強く、両手を握り締める。犬歯が僅かに伸びた歯列の奥から、獰猛な獣声が響き渡った。


「忘れない、その姿……あなたは、私を攫った……獣人!!」


見た目は少女でありながらも、遙は猛獣のような気迫の込められた怒声を、容赦無く浴びせつける。

しかし、蝙蝠獣人は嘲るように哄笑するだけであった。落ち窪んだ眼窩を持つ双眸が、下卑た赤色に炯々と染め上がる。


「ハハハ!! 覚えてくれているとは光栄だ……そういえば、お前には名乗ってもいなかったな。俺の名前はチャド。コード・ネームでもなく、そのまんまの本名だ」


チャドと名乗った蝙蝠獣人は、遙に見せ付けるかのようにゆっくり右翼を広げる。闇色のビロードの如く艶めく皮膜は、強風を受けて、ばたばたと騒がしく音を立てた。

現れた巨大な翼手。それは一般に見る蝙蝠とは比べ物にならないほどに強靭そうであり、何より、異形としての存在を際立たせたもののようである。

遙は微かに息を吐き出し、その傲慢な姿に向けて、地面を蹴った。脚力に優れた遙は吹き荒れる風と同化したように、素早くチャドとの距離を縮めた。

獅子のように猛り狂った遙の咆哮と共に、その腕が無造作にチャドの眼前へ突き出され――


「遙!!」


唐突に聞こえた慣れた声に、遙の動きが止まった。勢いを緩めた事により、遙は一旦地面へ着地し、再び距離を取る形となる。

まさか……遙は焦れたように呼吸を早めた。握り締めた掌が、じっとりと汗ばむ。

遙の様子を察したように、チャドはニヤリと笑いつつ、大きな羽音を立てて、背後の闇に隠していた左翼を開いた。

――翼手状になった、鋭い爪を持つ指先に掴まれた、玲の姿。悲惨な親友の姿を視認し、遙は息を呑む。


「仲の良い事だ。クク……ちょっと、お前と遊ぶのに役立ってくれるかと思ってな……。この嬢ちゃんに手を出されたくなかったら、大人しくしてもらおうかな?」


チャドは自慢げに言い放った。


「玲っ! やめて……彼女を離してっ! 玲は私達の戦いとは関係ないっ!!」


遙は言い寄るが、チャドの鋭い爪が、玲の喉下に宛がわれたのを見て、顔が青褪めた。鋭利な爪は、まるで研ぎ立ての刃のように鈍く光り、玲の端整な首など、簡単に引き裂く事が出来るであろう。

脅すような、わざとらしい仕草ではあるが、チャドの狂気めいた瞳は、やはり冗談ではない事を物語っている。残酷に彩られた鮮血の瞳が、遙の動向を見極めるように細く縮まった。


間違い無い……自分がこれ以上玲へ近付けば、彼女が殺される。それだけは、それだけは……絶対に駄目だ!!


「……分かった。何も抵抗しないから、玲に手を出さないで……!」


「駄目だよ遙っ! こんなヤツの言う事を聞くつもりなの!?」


玲の悲痛な叫びが耳に届くが、その願いを聞き入れる事は出来ない。これは、自分達『獣人』だけの戦いだ。

唯でさえ、彼女の命を危険に晒している状況。関係の無い人まで、自分達の戦いへ巻き込みたくない。

遙は大きく深呼吸し、一、二歩、後退る。……チャドと少しばかりの距離を取り、そして、おもむろにブレザーの釦に手をかけると、そのままそれを脱ぎ捨てた。

ばさっ……と、ブレザーがコンクリート床の上へ舞うように落ちる。遙は仁王立ちのように両腕を大きく開き、チャドを睨み付けた。


「案外、聞き分けの良い事だな? クク……思ったより楽しく遊べそうだ」


舐めるようなチャドの台詞が鼓膜へ流れ込む。だが、遙は答えない。真一文字に引き結んだ唇は、固く閉ざされたままであった。


(落ち着け……獣人化して、チャドの左腕へ向けて全力で走るんだ。……玲をこれ以上、危険な目に晒す訳にはいかない!)


ブラウス姿になった遙は無防備に両腕を開いたまま、ゆっくりと瞼を閉じる。そして、呼吸を整えつつ意識を集中し、本能的に獣人化を促した。

……だが、急速に高まる脈拍は緩やかであり、異様なほどに感じる恍惚も無い。遙は怪訝そうに眉を顰めた。


(え……? 何で……獣人化がっ)


その時、遙の腹部に凄まじい衝撃が走った。僅かに血の味が混じった胃液が込み上げ、遙は酷く嘔吐く。

……それが、チャドの拳に殴られた事と気付いたのは、激しくコンクリートの床に叩き付けられた後であった。後頭部を強く打ち付け、遙は意識が霞む。

自分の頭一つ分はあるチャドの拳は、遙の華奢な腹部に深くめり込んでいた。遙は胃液を咳と共に吐き出す。腹部に収まっている臓腑が凄まじい熱を持って疼いた。


「遙っ!! 離してよっ、この蝙蝠男っ!!」


玲がチャドに向かって怒号する。しかし、チャドは掠れ声で笑って頓着せず、倒れ込んだ遙の元へと足を運んだ。

ずしゃっ……ずしゃ……という、砂利とコンクリートが擦れ合う音が耳元で聞こえ、遙は血の味の広がった口から荒い息を吐く。たったの一撃で体が痺れていた。

何とか重い瞼を開き、目だけで背面側を向くと、チャドの巨大な姿がこちらを見下ろしてきている。今から始まるであろう地獄に、思わず背筋に悪寒が走った。


「クク、つまらないぜ……ハルカ。そんなもので終わりか? 今此処でお前と遊んでおかないと、GPCの機関に連れ去った後じゃあ、クロウ様はお前を貸してはくれないんだぜ?」


チャドの嘲笑が耳を撫で、遙は苦痛と怒りのあまり、体を震わせた。苛立つ心が、疑心と憤懣に満たされる。

未だに途切れる事無く叫ぶ、玲の……親友の声が何度も耳を反響してきた。だが、体が動かない。遙は悔しさのあまり、地面に爪を立てる。


(このままでは、自分のせいで玲が……殺されてしまう! 何で、何で獣人化出来ないんだっ!?)


遙は迫り来る恐怖に、低く呻いた。










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