「よっしゃあぁああ! 頂きっ!」


「わっ! 酷いよっ!!」


今にも口に運ぼうとした温かな肉料理を横暴にもガークに引っ手繰られ、遙は甲高い悲鳴を上げた。

だが、無慈悲にもガークは、奪った料理を見せびらかすようにしてもしゃもしゃと咀嚼し、あっさり飲み込む。

あまりの悔しさに遙は目に涙を浮かべながら「がぅるるるぅぅ!」などと、威嚇するような獣声を上げた。牙を剥き出して唸る少女は、食事を奪われた怒りで野性味が丸出しとなっている。

だが、当のガークは詫びる様子も無く、鼻に皺を寄せて威嚇してくる遙を見て、侮蔑するような笑みを浮かべるだけであった。


「いっちょまえに唸りやがってバァカが! 獣の世界ってのは、弱肉強食なんだよっ。欲しいなら奪い取っ……ぐぇ!」


ガークが自慢げに大言壮語するが、直後に飛んできたフェリスの鉄拳により顔面を殴られて、無様にも椅子から転げ落ちる。当然、遙は唸る所か言葉を失った。

苦悶の声を上げて七転八倒するガーク。攻撃を加えたフェリスはまるで頓着していない。むしろ、馬鹿にするように目を細めて、妖艶な笑みを浮かべた。


「何が弱肉強食? 獣でも半分は人間だもの。最低限のマナーぐらい守りなよ」


「ぐああぁぁ! な、に、が、マナーだ馬鹿女! 食事中に人の顔面を殴るなっ!」


「先に火蓋を切ったのはガークでしょ? 正当防衛ってヤツだね」


すぐに立ち上がって怒号してきたガークだったが、フェリスにはなんの攻撃にもならない。あっさり反抗の言葉を叩き捨てられては、彼はがっくりと肩を落とす羽目となった。

……すっかりお馴染みになった二人のやり取りを傍観するだけだった遙は、苦笑せずにはいられなかった。

ガークも本当に学習能力が無いのかも知れない。だが、それが諧謔の発端となってくれるから良いとは思うが、何より場が賑わう。遙は悪いと思いつつもそんな彼に対して、忍び笑いを浮かべた。

それにしても、母のいない独りでの夕食とは違い、笑い合える温かさに遙は頬を赤くする。食事だって様々なスパイスのきいた異国の料理で、口には新鮮であり、自分の作った粗食とは比べ物にならない。

豪華で美味な料理の数々……だが、それよりも複数で会話が出来る楽しさがあった。この広い家は、独りで居る時には大き過ぎて、寂しさが増すだけであったのだから……


そういえば、母親は今日も帰って来ないのだろうか? いつもなら、少なくとも二日に一回ぐらいは帰って来てくれた筈だ。


遙はガークに取られないようにして、自分の分の食事をさっさと平らげ、もごもごとフェリスに礼を言うと、右のポケットに入れていた携帯電話を取り出した。

相変わらず着信は無い。どうしてだろう。電話の一つぐらいはいれてくれればいいのに。母が今何処にいるのかも分からなかった。相手は電話を掛けても出てくれないのだ。

母の行方が分からない事に、不安が混ざった表情を拭い切れない遙の様子を見ていたのだろうか、倒れていたガークの動きが、器用にもピタリと止まる。


「お、遙ぁ……そういや、お前に訊きたかった事があるんだが」


顔面に赤い拳痕の付いたガークが、再び卓へと戻って来ながら言った。遙ははっとなって携帯電話を閉じ、顔を上げる。


「何? ガーク」


「あのな……お前って、お姉さんか誰か、兄弟はいるのか?」


「兄弟はいないよ。私一人っ子だもの」


遙は何気無く答えたのだが、ガークはおろか、フェリスまで怪訝そうに顔を見合わせている。

彼らの様子に、遙はしどろもどろになった。自分が何か悪い事でも仕出かしたのだろうか?


「ええと、ど、どうかしたの?」


「いや、な。お前――」


ガークが頭を掻きつつ、リビングの奥に置いてある棚の上から、一枚の写真を取ってきた。


「これだよ。お前の母さんなのか?」


ガークは遙の眼前に写真を突き出した。よく見てみれば、懐かしい中学校入学時の写真である。

遙は一瞬考え込むような素振りを見せたが、何度か瞬きをして、写真の中に写る二人の人物を確かめた。


「……そうだよ。私のお母さんだけど……これが、どうしたの?」


「い、いや、若いなって……だってよ、この容姿はどこからどう見ても、まだ二十代前半の顔だぜ?」


「そう言われてみれば……近所の人からも色々と言われてたような。お母さんが若いって。確かに考えてみるとそうだなぁ……」


遙は再び写真に目を凝らす。いつも見ていた母ではあったが、歳に関しては余り頓着しなかった。訊かれてみれば、本当に若く感じる。


「じゃあ、遙のお母さんっていくつなの?」


次はフェリスが質問を突きつけてきた。次々に質問を投げ付けられ、遙も少々戸惑いがちになってしまう。


「え、と、お母さんの歳……あ、そういえば、ちょっと前に『ついに三十代後半に入っちゃった。あっはっはっは☆』とか、そんな事言ってた気がする」


「顔に似合わねぇ事言うんだな……って事は、三十六ぐらいなのか? どれだけ若作りなんだか……」


ガークは大欠伸を漏らした。フェリスも何だか眠そうに瞼を擦っている。食事の団欒は思ったより長引いたらしい、遙は眠気を払って卓から立ち上がり、食器を片付け始める。

母親……いつも通りの雰囲気であったのに、他人から見れば、遙の主観とは大きく異なっている感覚があった。ずっと普通の家庭だと思っているのだから。

だが、昔を思い返してみれば、不審がるような声は近所で聞く事は少なくなかった。父は家を出て行ったし、帰りを待っている筈の家族が一堂に会すると言う事は、それ以来もう無かった。

その上、自分は唐突に異形の者へと変えられてしまい、今だ母は不在。……もう、自分が戻って来れる場所は、此処には無いのだろうか?


……時計の短針はすでに八時を指していた。遙は前触れも無く涙が溢れそうになり、思わず唾を飲み込む。

例え、獣人にされてしまったと言えど、せめて親しい人には受け入れて欲しい。あんな姿になっても帰る場所があると、認めて欲しいのだ。

しかし、やはり緊張は拭えない。何しろ、己の異形を晒さなければいけない行為だ。訳もよく知らない相手が、そんな事を簡単に受け入れられるだろうか?

親友である玲の口から『化け物』という言葉が発せられるような……


(駄目だ! ちゃんと決めたじゃないか……! 相手を信じなきゃ)


だが、その非情な言葉は何度も脳内に繰り返される。遙は歯を食い縛って首を軽く振り、ガーク達に一礼をしてリビングを抜けると、薄暗い廊下へ足を踏み出した。

とにかく、少しでも心を落ち着かせるために、風呂場へと向かう。入浴をすれば、少しは気が休まるかもしれなかった。


洗面所の電気を点け、明るくなった浴室に入ると、視界を遮るために天井からかけられたカーテンを閉め、遙は脱衣を始めた。

上着を脱ぎ、次に下着に手をかけたところで、遙の手が止まる。視線の先には、己の姿が鮮明に写された鏡があった。

首周りから鎖骨へと下る線に、獣人化手術の痕――赤黒く痛々しい点滴痕――が、幾つも残っている。腕や足に残っていたそれは、殆ど見えない程に消えていたのにも関わらず。

胸元から腹部にかけて、それはまだ克明に残っていた。遙は憮然とした様子でその傷痕を指で伝う。ずきずきと音も無く疼く傷は、遙に手術時の光景を想起させた。


よく考えれば、自分の体は傷だらけだ。今日裕子に指摘された背中の裂傷も、まだ残っている。痩せた背中から二の腕に走る禍々しい傷痕。

やはりそれらの傷痕を見れば、自分がどんな存在か仄めかされている気がした。


「深く考えても仕方が無いよね……」


遙は振り払うように苦い笑みを浮かべて、風呂の戸を開けた。

前もって湯を沸かしていたので、白い湯煙が顔にどっと押し寄せる感覚がする。少々顔を顰めつつ、遙は床に敷き詰められたタイルを踏んだ。






――――――――






「少し早めに出てもいいかな?」


玲は自室の壁にかけられた時計の針を刻々と眺める。丁寧に整頓されたテキストの類が類列する机、日干しの温かな匂いのする寝台。落ち着くような木肌色を持つ洋服棚。

何の変哲も無い部屋であるが、何故だか、今日は色褪せた寒々しさを孕んでいる。言いようの無い寂寥感がそこにあった。


遙は今どうしているのだろう。もしかしたら、もう学校まで行っているのかも知れない。

彼女は今晩、全てを打ち明けるつもりなのだ。こっちに比べれば、随分勇気がいるだろう。ならば、出来るだけ彼女が話し易い環境を作るのが、今の自分の出来る事だ。

……言ってしまえば、遙と会うのが怖かった。何だか別人のような印象が残る彼女を、自分の行動一つで大きく傷付けてしまうかも知れない恐怖。

遙とは、悩みも共有してきた。二人で言いたい事を残らず吐き出して、そしてお互いに悲しみを共有する事で、それぞれの解決道を模索する。

ずっとそうだったのだ。だからこそお互いを信じあえたし、親友と呼べるような存在が隣にいてくれたのだから……。


「……行こうかな? 人を待たせるのは、あんまり好きじゃないしね」


玲は肩を僅かに揺らし、ほぅ、と、溜息を吐いた。棚に掛けられている紺色のブレザーを羽織り、襟を整えると、少しばかり暗い街並みを窓から見つめる。

この時間帯になると、ここ周辺は明かりというものが少なかった。街灯が一応ちらほらと点いているものの、その光は都会で見る夜空の星のように少ない。

学校の屋上は、常に非常灯が点いていた。玲は冷たい空の風に、渋面を浮かべると、窓を閉めて部屋の明かりを消す。


「早く行かなきゃ……遙」


玲が静かに呟くと同時に、部屋の扉が閉められた。





両親には何も告げずに出てしまったが、玄関口を気付かれずに抜け、玲は暗い夜空の下、闇に沈む閑静な住宅街へと踏み出す。

声を押し殺すようにして、足を進ませるが、歩く人の気配は無く、談笑らしい音も聞き取れない。聞こえるのは、虫の鳴く声や、冷たい風の笛のような音色だけ。

踏み出す足元は深い底無しの泥沼のようだ。踏み間違えれば、一瞬で闇底へ落ちてしまうのではないだろうかと思える程に澱んでいる。

暗い道と言えど、学校までなら近い。だが、夜中に高校生が独りで出歩くのも、確かに危険が付き纏うと言えばそうである。

しかし、そんな中でも鳳楼都は犯罪一つ起きない程に平穏な雰囲気が昔から続いていた。だからこそ、玲はこうやって夜中でも一人で外へと飛び出したのだ。

十字路を抜け、遙が涙していた河原を通り掛る。水は黒いタールが渦巻いているように、言い知れぬ怨嗟を含んでいた。玲は背筋に怖気を感じて、足早にその場を去る。


「……此処を過ぎれば、学校までは近い。少し、走ろう」


玲は自分に言い聞かせるようにして呟き、歩道を駆けた。背中に何か冷たい白指が宛がわれているような感覚が、彼女を目的地へと急かす。

だが、彼女の悪寒は確実に危険を感じ取っていた。すっかり玲の姿の消えた河原の道に、影そのものが何かに引き摺られるようにして蠢く。

影が集約した闇に変わると、その闇は薄らと冷厳な笑みを浮かべ、少女の後を追い始めた……。






――――――――






濡れた髪から水滴が幾つも伝っては、湯船に溜められた水へと降りて再び一体化する。

ぽつ、ぽつ……途方も無い寂寥感。水滴の音を何度も何度も反芻し、どのぐらい時が過ぎただろうか。

だが、気持ちとは裏腹に、実際は数分ぐらいだろう。遙の瞳は湯気の中、じわじわと揺らいでいた。


やがて、水滴が落ちる数が減ってくると、遙は両手を合わせて水を掬い、湯に映った己の顔を長い間見詰めた。

憔悴した様子を示す、自分の顔。憔悴、というよりも、緊張で強張っているのかもしれない。もう溜息も出なかった。


ふと、ぴちょん。という、心持大きな水音が聞こえ、遙はぼんやりと湯船の外を見る。

別にそこに誰もいる訳ではない。今聞こえるのは床に落ちて弾ける水の音と、刻々と己の胸を打つ鼓動だけだ。

水滴の音は次第に少なくなり、その反対に鼓動は凪いだ湯の水面を微かに揺るがせるほどに高まっている。


「……もう、支度しなきゃ。玲が待ってる」


遙は味気無く呟く。行かなければならない。だが、動けない。鼓動は急かすように騒がしく、遙を進ませようと鼓舞している。

何度も何度も葛藤が過ぎ渡り、ついに遙は悔しくなって湯船の中に顔を突っ込んだ。バシャ! と、派手に水飛沫が飛び散り、ごぽごぽと水面に泡が立つ。

沈めた湯の中で、きつく閉じた瞳からも涙が溢れたが、これなら誰にも見付からない。遙は息が続く限りそうやって水の中へ体を預けた。


一秒、二秒、三秒……小さな時が過ぎて行く中、遙は自分に対して急に腹立たしくなり、がばっと顔を水面から持ち上げた。

荒い息遣いが暫く続き、水滴は遙の頭髪を伝い、頬を、鼻頭を、顎を伝い、幾つもが音も無く滑り落ち、大きな水溜りとなってゆく。


「馬鹿……玲が待ってくれているのに……」


遙が唇を噛んで吐き捨てた。あの薬を飲んだ後、玲との会話で覚悟を決めたと思っていたが、実際はそうではなかった。まだ心の中は拉げている。

葛藤だけで進まない状況は、複雑な迷路のようだった。何処へ進もうが行き止まり、その度に体は疲労を重ねてゆく……


「怖いよ……なんでこんなに……っ。自分は臆病なんだろう!」


暫く両手で顔を覆い、遙は人知れず啜り泣いた。意志は走らないのに、涙の勢いは、緩まなかったのだから。


そのときだった。風呂場の外からばたばたと凄まじい駆け足のような音が聞こえてきたのは。

遙はその音を不審に思い、に顔を上げた。――その瞬間、ばんっ! と、風呂場への刷りガラスの戸が割れん勢いで開け放たれる。


突然の荒々しい音と、出来事。廊下からの風で湯気が巻き込まれ、遙は目が丸くなる。当然涙も何処かへ吹き飛んだ。

湯気で暫く誰が誰だか見えなかったが、外の空気に流されて湯気が消えると、タイル床の上に立っていたのは随分とうら若く見えるフェリスだった。


「ん? 誰かいる……あ、遙」


「え、あ……フェリスさんですか? な、なんで裸で……っ!」


遙は慌てて湯船の中で胸元を隠すような動作をするが、それをした事で、背中の裂傷がフェリスから見える形となってしまった。

だが、フェリスはニヤリと笑って、湯船の縁に手をかける。


「いや、私もお風呂入ろうかと思って。遙が入ってるなんて思わなかったの。……ふふ、それより別に隠す必要はないじゃない。ガークみたいなオス犬が入ってきた訳じゃないでしょ?」


「で、でも。私……」


遙は己の体とフェリスの肢体を交互に見比べる。なんというか、この時程己が惨めに感じた事はなかった。

端整な顔立ちに、傷一つない滑らかな体。鎖骨から伸びる体の稜線は霞がかっているようにも見え、何とも見惚れてしまいそうだ。

背もガークより高いし、瞳は深く透徹した青。高い鼻梁を持つ目鼻立ちも、異国に在住する民族ならではのものだろうか。


何処と無く品のある彼女の肢体と、自分の貧弱で弱々しい体。そして、トラウマとも言える背中の酷い裂傷痕。もはや嫉妬の対象どころか、対抗する気力も起きない。

遙が羞恥心のあまり、もぞもぞと口を動かす中、フェリスは少々つまらなそうに唇を尖らせてきていた。


「私は別に他人がどうだろうと気には止めないわ。だって、その人はその人なりに良い所があるでしょ?」


「良い所?」


「そう。唯、本人が気付かないだけ。本当は人の支えになっているの。私だって、自分じゃ良い所ってのがよくわからないわ。
むしろ、悪い事ばかり思い付く。周囲の人と自分を見比べて、がっくり肩を落とす事だって日常茶飯事だもの」


フェリスの淡々とした口調は、いつもと違う雰囲気があった気がした。意外な彼女の言葉は、遙の興味を引かせる。

何しろ、ガークは殴り飛ばせるぐらいだし (蹴る事だってあった) 戦いの時では、その顔に映す闘志は憧憬そのものだった。

獣人にされて、右も左も分からなかった自分を励まさせてくれた優しさ、時には叱咤してくれる事もあって、それが勇気付けてくれたのだ。

遙から見れば、フェリスのような人になる事が出来れば、正直、人を羨む事など無くなってしまいそうな感じがする。遙は困惑したように俯いた。


「でも、フェリスさん。そんな事なさそうに見えます」


「そうかな? でも、私だってレオさんの強さやカリスマ性は素敵だと思うし、遙の諦めない芯の強さは、見習うべきだと思う。結局、己の長所は遙が気付いていないだけ。
……自分の良い所に気付くためには、そうね、きっと相手を信じ、自分も信じる事にある。信じる事は信じられる事。人に疑心を抱いてばかりじゃ、ちっとも先に進めないわ」


「信じる……事?」


遙は眼を見開きつつ、呟いた。相手を信じる……それは自分を信じる事に繋がる。再び込み上げた涙を隠すために、遙の顔が沈む。眉が八の字に下がった。

だが、そんな事を言ったフェリスは苦笑し、目を細めると、茫洋として流れる湯煙を見詰める。


「なんてね……こんな事を言ったのが、今頃リビングで横たわっているオス犬なのよ。いつも罵倒してるけど、私はガークの事も信じてる。
ガークだけじゃない、仲間は皆信じている。レオさんもレパードも、もちろん……遙も、ね」


「……っ!」


遙は息を詰まらせつつも、泣き出しそうな顔立ちでフェリスへ迫った。悪いと感じながらも、思わず彼女の胸元にしがみ付き、遙は肩を震わせる。

叱られるかもしれない、心の隅でそう感じたが、フェリスは急に己にしがみ付いてきた少女を罵倒するような事もせずに、無言のまま、遙の濡れた頭にそっと手を回す。

その彼女の優しげな行動に、遙の涙腺は堰を切ったように滂沱した。止め処無く涙が溢れ、悲しさや悔しさが、音も無く澄んでいく。


「わ、私も、信じてる……だから」


「ふふ、じゃあ迷う必要は無いでしょ? ……また明日、友達にしっかり話してあげれば良いと思うわ。
自分が信じている相手に対しては、自分自身も信じるべきよ。自分を信じるためにも、相手を信じなさい。遙」


「……はい……有難う……っ」


遙はしゃくりあげながら、嗚咽する。やはり彼女には全て見通されている気がした。涙と共に今までの蟠りが流され、気持ちが嘘のように軽くなる。

子供のように泣きながらも、恥ずかしいと思う気持ちは不思議と無かった。今は唯、黙って自分の肩を抱き寄せてくれたフェリスの温かさが、嬉しくて、有難くて……

……相手を信じてやる事、遙も、迷っている暇は無かった。いや、もう迷わなかった。確かに怖いが、相手を信じなければ。ほんの数日前の、死闘を彷彿させるような覚悟、決意。


(待ってて、玲……)


遙は心の中で、力強く親友へ呟きかけた。










Back Novel top Next