「ガーク! ちょっと、起きてよ!!」


まだ日も昇り切らない早朝。室内に狼狽したフェリスの高い声が響き渡った。

彼女の手によって、布団を盛大に引っくり返されたガークは、受身も取れずに床へと頭を打ち付ける。


「いでッ!? ……あーもう、何だよっ」


まだ夢見心地の快眠を貪っていた中で、唐突に叩き起こされたガークは、大儀そうに床に座り込んだ。

大欠伸を漏らして後頭部をガシガシと掻く、なんとも暢気そうなガークを見たフェリスは、焦れた顔を見せる。


「遙が、遙がいなくなったのよ」


「はぁ? トイレとかに引き篭もってんじゃねぇのか?」


「違うわ。この辺一帯から遙の気配が無い。……考えるなら、昨日の夜、あの子を一人にしてから出て行ったのかもしれない」


フェリスの言葉に、ガークは冷水を浴びせられたように素早く立ち上がった。


「何だって!? つーかなんでお前は一度寝たら起きない性質なんだよ、普段は神経ビリビリしているクセによっ!!」


「そこ突かれると痛いけれど、口喧嘩している場合じゃないわね。……とにかく、手分けして探しにいきましょう。
GPCの奴ら、恐らく……いえ、必ず遙を捕らえに来る筈よ。キメラ獣人の完成体に近い存在なのだから」


フェリスも困惑したように、腰に手を当てて溜息を漏らす。

まさか、遙が今になって出て行くとは思わなかった。確かに思い悩んでいたのは確かだったが、こうやって知らず知らずの内に出て行くなど……

昨晩の遙の様子が、ぼんやりと脳裏を走る。頬を染めて喜びつつも、何処か申し訳無さそうに顔を俯かせた姿……ガークは舌打ちすると、すぐに玄関に向けて走り出した。


「ったく、仲間だって言ったじゃねぇか……!!」






――――――――






「はぁ、はぁ……」


早朝の眩い日差しが肢体を照らす中、遙は足場の悪い荒地を進んでいた。

昨晩から歩きっぱなしで、身体中が重い。硬質な瓦礫が複雑な凹凸を形成する隘路は、あっという間に体力を削っていく。

息はすでに切れ、額からは汗が流れ落ちる。……それでも、遙は歩むのをやめることは無かった。


そうやって廃墟の山を幾つか上り下りを繰り返していると、やがて、比較的足場が緩やかな道路に出る。


アスファルトで舗装された道路は、多少崩れた跡があるが、原型は辛うじて保っていた。

悪路を進んでいた疲れからか、遙は迷わずその道路に足を進める。その道路の右手側には、雨で浸食された看板がぽつんと立っていた。


「……白……大、橋? 何だろう? 地名なのかな。掠れて分からないや」


長方形の看板には、ペンキで何か絵が描かれていたような跡も残っている。文字の部分も多くが削られていて、よく読めなかった。

唯、看板には薄らと矢印のようなものが描いてある。その矢印は道路の先を示していた。


この先に何があるのか分からない上に、何かあっても確実に原型は留めていないだろうが、行く当てなど始めから無いのだ。

遙は吹っ切れたようにして息を吐くと、矢印の指す方向に足を進めた。


(今頃……ガーク達はどうしているんだろう?)


遙は流れていく雲の切れ端を仰ぎながら、ぼんやりと考えた。恐らく、GPCの連中は近い内に襲ってくるだろう。

だが、それでガーク達への攻撃が避けられるというのなら、大したことではない。何よりも、自分のせいで仲間が傷付くのが一番嫌なことであった。


遙は唾を飲み込んで、頬に付いた泥を力強く拭う。

やがて、矢印が指していた方向を進んで半刻程が経った所で、瓦礫の中に小さな廃屋があるのを発見した。

コンクリートで覆われたそれは、中を覗き込んでみると、古びた農具のようなものが幾つか残っている。

手でコンクリート壁を擦り、丹念に廃屋の状態を確認するが、特に崩れてくる気配は無い……遙は崩れた廃屋の中へと足を進めた。


少し、一休みをしよう。そう思って、遙は廃屋の中に押し込められていた木箱に腰を掛ける。

何時間も足場の悪い道程を進んできた遙の体力は底を尽きかけていた。遙は溜息を漏らすと、そっと目を閉じる。


不思議なことに、こんな荒地でも幾つかの水場は見つけることが出来たが、食料に関しては皆無に等しい。

こんな生命が住み辛い過酷な荒地で、ガーク達は過ごしてきたのだろうか……


(そういえば、食料は空飛ぶ獅子が持ってきてくれるって言ってたような……)


何かの比喩だろうか? 遙は目を開けて、古い蜘蛛の巣が張った天井を見上げた。

屋根が壊れて、天井には大きな穴が生じている。そこから見える小さな空には、鳥さえいない。薄い雲が、悠然と漂っているだけだ。

空に浮かぶ雲の流れを目で追っていた遙は、微かな眠気を感じて、廃屋の木箱に背中を押し付けて眼を閉じる。



その時だった。


ふと、体が『波動』を捉えた。

『何か』が呼んでる……誰だろう? 耳に音無き音が届く。笛の音のような、音ではなく、感覚として伝わってくるもの。

嫌な予感がした。遙は背筋を伝うゾクゾクとした感触に猛烈な不快感を覚えて、カッと目を開く。

思わず立ち上がり、廃屋の外へと駆け足で出た。砂嵐の音が鼓膜を擽る中、肌を濡れた手で撫で回されるような嫌悪感が遙を襲う。


……空気が振動している。


不快感はやがて、ぴりぴりと、肌を刺す痛みに近い感触に変わった。それは昨日感じた獣人の気配と良く似ている。

いや、獣人に『似た』気配だろうか。それは、深い泥沼のように澱み、濁ったように不確定だ。


それを感じ取ると同時に鼓動が高鳴り始める。遙は無意識の内に眼を閉じ、神経を集中させた。


(……なんだろうこの気配。凄く気持ち悪い……体が)


臓腑を手で乱暴に弄くり回されるような、何とも不快で嫌悪するような感触。脈も速まってきている。

と、遙は唐突に眼を開いた。僅かに砂嵐が吹き荒れ、視界が悪くなっているが、確実に異形の気配があった。


ズルズルと、這うような、湿ったものが引き摺られる音が耳に届く。

遙は眼を凝らした。何か黒いもの、いや、くすんだ赤色……? 四つの眼がこちらを睨んできている。


「何……? あ、あれは……一体何なの……?」


やがて、その異形が全貌を明かした。陽光が降り注いでその肉体を照らす。遙は顔を引き攣らせた。

何しろ、その存在は余りにも捩くれ、まるで溶解でもしたかのようにドロついた波動を放っている。


赤く濁った不気味な眼。荒い息を噴出する口蓋からは、粘つく涎が絶え間なく溢れ出している。

歪に膨張した右手は動脈が張り出し、異様に巨大化した掌は五つの湾曲した爪が光っていた。

下半身はまるで蛇のようにズルズルと這い、小さな鳥の足のようなものが生えている。


――顔は二つ。獅子の首と狼の小さな頭部が突出している。更に、怪物の胸元からは心臓のようなものが飛び出し、鼓動を繰り返していた。


遙は全身が何か蔓にでも絡められたように動かなくなるのを感じた。怪物の脈が鼓膜に響き、自分の肉体もそれに呼応するかのように拍動した。

判断がつかない。相手が何なのか、獣人でもなければ、人間でも、ましてやどんな命にすら当て嵌まらない、まさに異形の怪物だ。

だが、動けなくなったのも一瞬の内だった。怪物はシューシューと液体が蒸発するような息声を上げながらこちらに向かって来る。


「敵!? ……う……がああぁぁぁ!!」


本能が相手を『敵』と見なした途端、体の深奥で力が炸裂した。胸が激しく上下し、脈が急速に速まってゆく。

理性と本能の葛藤が電撃のように激しく脳内に走り、それが極限に達すると、両腕の皮膚が黒と碧の組織に覆われ始め、羽毛の質感を持った肌へと変わった。

犬歯が鋭く尖り、見開いた瞳の瞳孔が針の様に細く伸びながら、眼は鮮血色に染まる。力が漲り、腕の獣人化が完了すると同時に一度、心臓が大きく脈を刻んだ。


「はっ……はぁ、はぁ……っ! 獣人化……したの?」


遙は意識を保った状態で獣人化を遂げていた。

自分でもはっきりと分かる程に脈が速く、強い。視線を落とす先にある、自分の腕は異形のものへと変化を遂げていた。

碧色と黒灰色の羽毛に包まれたそれは、薄らとだが、内側から脈動しているように感じる。そのことに、遙は不快感を覚えたが、今はそれどころではない。


「な、何だか良く分からない相手だけど……戦わなきゃ……」


遙が獣人化直後の疲労に体を僅かに屈ませる中、敵も負け時とばかりに咆哮を上げる。それは蒸気機関車が出発するような音に金切り音を混ぜ込んだような奇声だった。

怪物のその咆哮に、遙は耳を押さえずにはいられなくなり、思わず呻き声を上げる。耳の奥が激しく痛んだ。


「キシャアアア!」


「ぐ……くくっ……うあああぁ!」


遙は疾走した。敵の咆哮を断ち切るように雄叫びを上げながら爪を振り翳し、怪物の頭部にぶつける。どす黒い血が吹き上がった。

魚が腐ったような腐臭が鼻腔を突き、遙は嘔吐きそうになりながらも、反撃に備えて、怪物と一端間隔を取る。


しかし怪物は幸い、然程スピードが無く、ズルズルと這いながら移動してくる。遙はそれを感じ取るや否や、再び間隔を縮め、怪物の頭部の内、獅子の右眼を潰した。

怪物が喇叭のような声音で吼える。遙はその奇声に恐怖を感じつつも、続いて怪物の左腕の腱を断ち切り、肩に裂傷を加える。血の匂いが益々酷くなった。


(……これなら勝てる……! 何より、相手はスピードが遅い……)


遙が震えながらも勝機を見出し、止めを刺すべく敵の眉間を貫こうと、突きを放った! ……だが、ガキッと、何か硬い物にぶつかる感触が右手に走り、遙はその衝撃に耐えかねて唸る。


「? 何……どうして……?」


敵の頭部は表面の皮膚こそ柔らかかったが、その下の頭蓋は岩盤のように硬く、遙の鋭利な爪を持ってしても貫けなかった。

怪物はギョロリと濁った目を剥き、遙の驚愕した表情に焦点を合わせる。そして、再び大きく掠れた息を吐いた。

依然として怪物は全身から血を流しながらも、今迄のスピードが嘘と思える程の素早さで、唐突に下がろうとした遙の胴を、その巨大な右手で鷲掴みにする。


「が……っ!」


ミシミシと骨が軋んだ。掴まれたまま硬い地面に押し付けられ、息が詰り、内臓はカッと熱く燃え上がった。

怪物の涎が服の胸元を濡らし、潰した右眼から溢れる血は、遙の頬に滴り落ちる。


何とか退けようと怪物の手を掴み、引き裂くが、怪物はまるで頓着しておらず、更に体重を押しかけ、ついに遙の肋骨の一部が悲鳴を上げた。

遙が余りの痛みに叫喚し、ロクに動かない身を捩る。


「ぐあぁっ! ……うぐぅ……嫌だ、離してっ……」


怪物の口が目の前に迫り、硫黄臭い口臭がする。狼の頭部が唸り、獅子の頭部は憤ったように咆哮した。

奈落のように開いた口には、鋭利な牙列が並んでいる……咬み付かれたら一溜まりも無いだろう。冷気が体に押し寄せた。


「グオオ!!」


「うぅぅ……っ」


独りではとてもじゃないが、敵わない。まるで動けず、仲間が必要だった。だが、此処に自分が居る事は、誰一人として知っている筈が無い。


口から血が溢れ、折れた肋骨が内臓に食い込んでいるらしく、痛みはどんどん酷くなっていく。まずい……これでは。

怪物の胸元に張り出している心臓らしき組織が不気味にも音を立てて拍動している。このまま、自分の鼓動は拍動を止めてしまうのだろうか。


(……このままじゃ死んでしまう……)


遙は無意識の内に、痛みを無視してゆっくりと瞳を閉じた。怪物の声も耳から遠ざかる。

そうしていると、不思議と体の痛みが消えてゆく……遙は熱の循環を辿り始め、傷の痛みを覚えた患部に力を蓄えた。

やがて、意思に呼応するかのように体が熱くなり、燃える血潮が体内を巡りながら、傷付いた肋骨の辺りを中心に熱が篭らせる。


ドクッ……ドクン……。耳に心臓の音が届き始める。痛みが引き始め、口から溢れていた血は唐突に止まる。


(……痛みが……消えた?)


遙は閉じていた目を開いた。痛みが消えている。無論、出血も止まった。だが、怪物は未だに右手を離さない。

その怪物に対して、心の底から凄まじい憤りが競りあがり、瞳は真赤に輝いた。遙は猛る猛獣のように牙を剥きだして喉を反らす。


「があああぁぁぁぁ!!」


身の毛の弥立つような雄々しい咆哮に、怪物は示威行動に打たれたように手を離した。それと共に遙は素早く立ち上がり、敵の喉笛に向けて猛烈な突きを放つ。

ブシュッ! 血泉が上がり、遙の肉体を赤黒く染めた。だが、敵はそれでも動きを止めない。遙の肉体はすでに凄まじい疲労に覆われていた。

先程の回復に力を使い果たしたのか……目の前が揺らぎ、焦点が合わなくなる。後、一撃与える事が出来れば……! だが、力が入らない。



遙が意識を手放し掛け、視界が完全に闇に沈もうとした瞬間、何か黒い影が目の前に現れた。


「グガッ……!?」


怪物が痙攣する。遙は意識が瞬間的に戻り、真正面を見た。


――槍のようにして伸びる、黒い獣腕。

怪物の喉 (何処に何があるのか良く分からないが) を頭上から貫くそれは、一人の人影から伸びていた。


砂嵐で揺れる黒く短い頭髪。それを押さえるようにして煌く青いサングラスが、陽光を反射して遙の網膜を焼き付ける。

その人物は、怪物を貫いたまま、へたり込んだ遙の方へ眼をやった。


――赤い眼だ。鮮血のように鮮やかな赤色を宿した瞳。それは黎峯人のものではない。黒い髪と赤い瞳を持つ人種は、世界の中枢たる軍事大国ロムルスの人間だ。

切れ長の赤い眼に、白い肌。体の丸みを帯びたシルエットを見る限り、女性らしいその人物は、紺色のライダースジャケットを纏っている。


「あ、あぁ……」


遙は呟く。あれほど苦戦していた怪物が、不気味に痙攣をしつつも、一撃で戦闘不能に陥っていた。

女性は無言で怪物の喉から手を引き抜く。すると、汚水のようにどす黒い血液が噴き上がった。

無論、頚椎から喉を突貫された怪物は身体を弛緩させ、一瞬の内に絶命する。一方で、獣腕を振って血を払った女性は、遙の方へと歩み寄って来た。

その変化した獣腕は、まさに獣人である証拠だ。女性は遙の様子を伺うように目を細める。


まさか……GPCの獣人達?


その可能性は充分に有り得る。更に、他にもアルダイトのように自分を探している獣人がいるとするならば、彼女もその一人なのかもしれない。

体力が枯渇している今の状態で、襲われてしまえば、抵抗も出来ずに捕らえられてしまうだろう。

遙は喉を鳴らして唾を飲み込むと、目の前まで歩み寄ってきた女性に、震える顔を向けた。

獣腕に備えられた、血に濡れた爪が光る。攻撃される! そう思って、遙が思わず身構えた時、女性は屈みこみ、


「Ich heiße Leopard. Woher kommst du?」


と、外国の言葉で話しかけてきた。当然、遙が分かる筈も無い。


「え゛?」


遙は予想外の相手の台詞に、苦笑いを浮かべて顔を引き攣らせた。

そういえば、初めて会った当初にガークが言っていたが、刺客とやらはロムルス語を話す者が多いとか。

……ならば、それはこの女性がGPCに関与していることを裏付けるような言葉ではないか。

しかし、最初に戦った犬獣人は黎峯語を話していた。GPCの手先だと言っていた彼等が話していたのだから、全てが全てそういう訳ではなさそうだが。


どちらにせよ、相手に返す言葉が無かった。普段から外国語が苦手なせいか、こんな時に困ってしまうとは……

遙は結局、相手の眼を見詰めていることしか出来なかった。


「Hmm.......Gayle!」


遙が無言を保っている様子を見た女性は、唐突に良く通る声を上げた。

彼女は背後に向けて手を挙げている。遙は何事かと顔を上げてみると、荒廃した家屋の隙間を縫って、一人の男性が現れた。


身長が二メートルはあるであろう大柄な体躯に、全身には藍色の包帯が禍々しく巻きつけられている。

包帯の隙間から見える肌は褐色で、彫りの深い顔に映える瞳は澄んだ翡翠色を宿していた。その両手足は、獣人のように鋭い紅色の爪が生じている。

それは何と言っても不気味な容姿だ。年齢は決して若く無いだろう。四十代前後の年齢を伺わせていた。

流石に敵っぽい印象を受けた遙は、ずるずると身体を後退させ始める。それを知ってか知らずか、女性は立ち上がると、男の元まで軽い足取りで近寄った。


「Leopard.Wer ist sie?」


「Ich weiß nicht.Weißt du?」


「Nein......」


何やら知らない言葉で話している男女だが、当然遙は何のことだかさっぱり分からなかった。

暫くして女性の方がこちらを見たと思うと、再び近付いてきて遙に話し掛けてきた。


「Welche Sprachen sprichst du?」


「い、いやっ、だから……私は外国の言葉が分からなくて、あー……その。……って、この言葉も分からない……ですよね?」


遙が狼狽しながら両手を振って答える。

すると、予想外なことに、女性は眉を上げて微笑を浮かべた。


「Ich hab's....... この言葉なら、分かるんだな?」


と、唐突に遙の母国語を話し始めた。

遙は驚きと同時にコクコクと頷きながら応える。


「は、はい……」


「通じるみたいだな、黎峯の人間なのか? Wie heißt.....あー、名前は何と言う?」


僅かな訛りを含みつつも、女性は流暢に質問を問い掛けてきた。遙もすぐ答えようとしたのだが、慌てて口篭る。

……相手の素性が分からない。もしかしたらGPCの獣人かもしれないのだから。此処で自分の名を言えば、相手が襲ってくることも考えられる。

遙は警戒した面持ちで女性を見ると、幾分低い声で逆に問い掛けてみた。


「……あなた達は誰ですか?」


遙が胡乱な目付きで女性に聞き返すと、彼女は眉を上げる。


「私か? 私はレパード、さっき名乗ったとおりだ。後ろにいる男はゲイル。お前が知っているか分からないが、私もあいつも『獣人』だ。今は訳あって、仲間を探している」


「仲間を探している……?」


聞いたことのあるフレーズに、遙はガークの言葉を思い出した。

ガーク達も、仲間を探していると言っていたのである。レパードと名乗る彼女らも、また同じような言葉を口にした。

憶測ではあるが……ひょっとして、この人たちは、ガークが探している人なんじゃないだろうか?


一方で、遙の問いかけに答えたレパードは目を細めて苦笑した。


「……随分と警戒しているな、まぁいいさ。たまたま通りかかったら、お前が狂獣人(ベルセルク・ビースト)に襲われているのを見て助けただけだ。
この辺りはあまりうろつかない方がいい。さもないと、また狂獣人に襲われるぞ」


「狂獣人? それは一体……」


レパードが親指で背後を指しつつ言った。

彼女の指の先には、先程の怪物の死骸が転がっている。……あれが狂獣人というものなのだろうか。

遙は目を瞬いてそれを見ていた。レパードの言葉を聞く限りでは、どうも一匹だけではないようだが。


「お前、狂獣人を知らないのか? 何処から来たんだ」


レパードに問われ、遙は慌てて視線を戻した。


「あ、私、遙といいます。二日前に目覚めたら、此処にいて……」


随分と不確定な答えになってしまった。実際は記憶が無いのだから、上手く答えようが無い。

遙がそう答えると、レパードは心情を察したように笑みを消した。


「記憶が無いのか?」


「……はい、けれど、自分がどんな状況に置かれているかどうかは分かります。
唯、今はそれを教えてくれた仲間達とは、別々に行動しているのですが……」


淡々とした言葉を投げ掛けてくるものの、相手は悪い人には見えない。GPCならこちらの容姿などすでに分かっている筈だ。

質問などする以前に、捕らえに掛かるだろう。少なくとも、彼女らはそんな雰囲気を見せなかった。

遙が緊張を緩め、その場にへたり込んだ。その様子を見て、レパードは溜息を吐く。


「それにしても、随分と度胸のあるヤツだな」


「え?」


レパードの言葉に、遙は顔を上げた。


「狂獣人というのは、獣人の失敗作のようなものだ。理性を失って、獣の生存本能だけで動いている。
そんな奴らが堂々とうろついているこの荒地で、水も食料も持たずに一人でいるとはな……ある意味身の程知らずだ」


「……」


遙は返す言葉が無かった。確かに彼女の言うことは間違っていないだろう。

現に、レパードが割って入ってきてくれなければ、今頃どうなっていたか分からない。

かろうじて生き残っていたとしても、体力が尽きて、動くことさえ叶わなかったかもしれない。

遙が複雑な表情で口篭っていると、レパードはゆっくりと立ち上がった。


「さて、私達はそろそろ行くとするか。……またな、ハルカ。出来ればその仲間とやらの所へ戻れ。一人で生きていける場所じゃない」


そう告げて、レパードが歩を進めると、ゲイルとやらも遙の隣を過ぎていった。

一人で生きていけない……そう言われて、遙は何とも言えない気持ちになる。自分勝手に出てきて、今更舞い戻るなんて……


足音が遠ざかっていくのを感じた遙は、小さく呻くと、自らも地面を蹴って立ち上がった。


「ま、待って下さい!」


遙がレパードの背に向けて叫ぶ。

遙の大きな叫び声に、彼女は立ち止まって、少し驚いた顔でこちらを振り返った。

二人の視線を受けながら、遙は両手を握り締めると、小さな声で言う。


「私も、連れて行って下さい……」










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